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東京連続集会24(8)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月31日(水)15時22分35秒
返信・引用
松本京子さん家族の思いを聞く 東京連続集会24
07.1.18 友愛会館にて
『飯塚繁雄さんのお話』
私たち、この活動もう10年になります。
毎年思うのは、暮れになれば「あぁ、もう1年経ってしまった」
お正月が来れば、「今年こそは」と。
その繰り返しを毎年やっていますね。
その願いがまだ叶わないですけども、いわゆる今年こそはという事からするとですね。
今までの我々の問題に取り組む環境ががらりと変わって、非常に国の対応と言うのが明確になってきて、日本政府も国を挙げてこの問題を解決するんだと言う意気込み、それと組織、それに関係する人材、あるいは予算、含めてですね。
これ以上のものは無いと言うふうに、形としてはなって来ております。
私たちとしてはですね。
こういったものに絶大な期待を寄せながら、解決を待つというこういった・・・(聞き取れず)が出来るわけですけども。
まぁ、そうは言ってもですね。
いろいろ状況から見ると難しい状況でもあるわけですね。
一つは北は相変わらず、この拉致問題は解決済みだと、何回も言っていますし。
この間、山拓さんにもそういう話をしていたようですけども。
それから私事だとすると、先ほどちょっと出ました大韓航空機の爆破事件。
その犯行は北がそのものであるにも拘らず、それも認めていない。
田口八重子はですね。
その件が認めない限り、出て来ないわけなんですね。
そういうところも含めて、いろいろ細かい情報と言うのは錯綜しておりますけども、いずれもその信憑性に欠けるのと、いわんやその事実がハッキリしたとしても、直接その日本人の奪還に被害者の帰国には結びつかないというものばかりで、それをですね。
いたずらに追っかけまわしていると言う時期は、過ぎたんでは無いか?と。
国と国民と、もちろん我々も一緒になって、いわゆる一枚岩でですね。
北に対する対応をハッキリさせる。
言ってみれば日本人をどう奪還するのか?具体的に。
どういう方法があるのか?
あるいはどういう事をすれば・・・(聞き取れず)になるのか?
あるいはどこに何人、どうしているのか?
こういう事をはっきりと検索する時期じゃないか?と、言うふうに考えます。
いろいろありますけども、私たちも皆さんの力も借りながら、また今年も頑張っていきます。
それこそ、今年こそはと言う言葉に期待を込めながら頑張っていきますので、よろしくお願いします。(拍手)
東京連続集会24(7)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月31日(水)15時20分50秒
返信・引用
松本京子さん家族の思いを聞く 東京連続集会24
07.1.18 友愛会館にて
『横田滋さんのお話』
今回は前回と何の動きもありませんので、報告することも何もありません。
それで先ほど、増元さんと松本さんの話の中で政府の認定のことで話がありましたですが、もちろん認定を受けるという事は・・・(聞き取れず)になるわけです。
今言ったように特定失踪者でも、認定された人と同じだとは言うんですが、実際交渉の場合認定された人は名前を挙げて交渉するけど、認定されていない人はこんな人が他にもいるだろうという事になって、やっぱりかなり違ってくると思います。
それの一番いい例として、これはかなり前の話なんですけど、めぐみなんかは平成9年の2月に国会で取り上げられて5月に認定された。
その頃は認定っていう制度がありませんので、政府が「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚である事案」と言うような表現で警察が・・・(聞き取れず)なわけなんです。
ですので、今の認定制度とは違いますけどその当時はそれが認定と言われていた。
それで有本さんはもっと前から運動をしていたんですけど、認定されたのは平成14年4月ごろだったと思います。
それまでは「自由意志だったんじゃないか?」という事で認定されていなかったんですけど、八尾恵証言によって認定されたわけなんです。
それで我々外務省に行って、当時も日朝赤十字会談とか日朝国交正常化交渉と言うのが行なわれていましたんですが、それで7件10人の人について交渉した、こんな事を言ったというようなことでなったんですけど。
皆がそれで「有本さんはどうなったんですか?」といったら、「認定されていないから交渉の対象になっているんですか?」と聞いたら「やってます」と。
そこは有本さんはお父さんがうるさく言っているものだから、やっているんですけども。
で、「有本さんと一緒に暮らしている石岡さんはどうなっているんですか?」と。
「石岡さんの方は言ってこないから交渉の対象になっていません」と、そうなんですね。
そんなことは無いんですけど、もし増元さんと市川さんとが一緒にいなくなって、増元さんのうちは熱心だから交渉するけど市川さんのうちは熱心じゃないから交渉しないと言うのと同じことなんです。(小さな笑い声)
やっぱり認定するしないの違いはやっぱりかなり大きいんですね。
そこで政府っていうのは非常に難しいのは、新潟でもめぐみがいなくなってしばらくして、非常に良く似た事件が起きたわけです。
それでその子はめぐみが北朝鮮と分かったものだから、新潟の救う会の人が「お宅のお嬢さんも北朝鮮だから家族会に入りなさい」なんて勧めたんですけど、家族会・救う会が勧めると言うのも変な話なんですけど、それでそのうちは入らなかったんです。
そしてめぐみの事が取り上げられた後で柏崎で見つかったんですけど、そうすると北朝鮮は何と言ったかと言うと、「日本国内でもそういう事件が起きているんだから、めぐみも北朝鮮ではなくて国内にいるはずだ」という事を言ってきたことがありましたが、政府が認定するという事は、かなり後でそんな事が見つかった場合だったら、認定制度そのものが不信感を持たれることになるので、難しいわけなんですけど。
だからそれは認定を、・・・(聞き取れず)ですけど、是非警察関係者は捜査を進めて認定をして、この人もいるはずだから返せと具体的な交渉の事に乗っけるためには是非認定を早く進めていただきたいと思います。
東京連続集会24(6)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月30日(火)11時08分29秒
返信・引用
松本京子さん家族の思いを聞く 東京連続集会24
07.1.18 友愛会館にて
『西岡力 救う会副会長の講演 その3』
右側の幹事会と言うのは、実はこの右側の幹事会と言うのはそれまであった組織なんです。
これしかなかった。
それとですね、この下にある調整室としかなかった。
安倍政権になるまでは。
幹事会というは、前は専門幹事会と呼ばれていて、その後特命チームと安倍官房長官のときに変わった組織ですけど、各省庁の局長クラスくらいの人が集まって会議をやる。
その議長は官房副長官で、安倍さんが副長官のときに作った。
家族のケアをする支援室と言うのがその下について、それが総合調整室になったんですけども。
これがここしかなかったのがこれだけ大きくなって、そしてその下に総合調整室と、あと政策企画室と言うのがあって、今までは拉致問題連絡調整室といっていたんですね。
家族支援室のあと、連絡調整室といっていたんですけど、連絡をしたり調整したりする事はあったんですけど、政策を企画するという部署と言うのはなかったんですね。
それぞれが外務省がアジア外交の中で拉致問題をやる。
警察は犯罪の取締りの中で拉致をやる。
あるいは、法務省は人権と言う枠の中で拉致をやるという事になっていたんですけども、政策企画室はそうじゃなくて、拉致問題についての政策を企画している常設の企画室だと。
そこで戦略を練って下さっているんですけど。
そしてもう一つは情報室と言うのがあって、これは内閣調査室がほとんど兼ねているようですけども、しかし情報室と言う役割が出来て、拉致問題の情報を取るそういう専門の部署が出来た。
そしてその、関係省庁対策会議と言うのが、先ほど言った幹事会のところですね。
幹事会の所が大きくなったのが下の図で、この下には今までどおり局長クラスの人たちが入っていて、その上に中山事務局長がいるわけですね。
そして棒が下の方に出ていますけど、ここに分科会が3つ出来ていて、情報分科会と法執行分科会と広報分科会と言うのが出来ている。
広報分科会と言うのは今までなかったんです。
新しく出来た。
政府が拉致問題で広報をやる。
で、この間も北朝鮮人権週間で、最初の日に安倍総理の顔が大きく出た新聞広告が出ましてね。
ああいう企画をここでやっているわけです。
今、いろんな英語とか、パンフレットなんかもどんどん今更新されているんですよね。
前は、中々頼んでも更新されなかったんですが、今はそういう事をやる部署が出来ているわけです。
我々10回、主として日比谷公会堂で10回国民大集会をやってきたんですけど、11回目は我々がやらないで政府がやってですね、我々はお客さんで呼んでもらって。
中山さんといつも、我々の方が呼んで来てもらっていたんですけども、楽屋で会って「なんか変な感じですね」って(笑い声)、「今度は呼んでいただいて」って。
今回は何か前の方の席にあってですね。
いつもは楽屋の裏の方で走り回って準備していたんですけど、何も準備をしない集会って初めて経験しましたけど。(会場より「特等席だね」と言う声)
そういう事もやる事になっているわけですね。
それから法執行部会と情報分科会と言うのは、前の特命チームのときからあったわけですけども、この法執行分科会と言うのは、実はアメリカのやっている金融制裁と足並みを揃えて、北朝鮮の犯罪行為に対し厳しく取り締まると言う部署なんです。
一昨年の秋以降ですね。
特に朝鮮総連の傘下団体に科協という団体がありますね。
在日朝鮮人科学技術者協会と言うところの不法行為に対する取締りが大変進んでいます。
彼らの押収されたコンピューターを分析したところ、陸上自衛隊のミサイルの軌道を計算するソフトが入っていたと、いう事が報道に出ていましたよね。
そういう事を今まで許していたわけです。
あるいはさっきも言いましたけど朝銀信用組合が、かなりおかしな融資を昔からしていたにも拘らず、善意の預金者を守ると言う名目で1兆4千億円の公的資金が投入されたと。
大変不明朗だったわけですけど、しかしそれに対してRCCというですね。
取立てをする政府機関が朝鮮総連を相手にして民事訴訟を起こしたんです。
600億円は借りた人の名義は朝鮮総連となっていないけれど、事実上朝鮮総連が借りたものだとみなして、総連に返せと裁判を起こしたわけです。
ある朝鮮総連内部の人の話によると、朝鮮総連全部の今の財産は全部で100億円くらいだと。
裁判で日本が勝つと総連の財産は全部没収される。
差し押さえと言う裁判を、今日本政府が起こしている。
法律でも・・・(聞き取れず)です。
という事をやるような部署が出来ているわけです。
ここに入っている人たち、入っているんですね。
朝鮮総連の国会議員をやっている人は、日本を出国したら帰って来られません。
我々は何回もここで要求しましたけども、当時はですね。
官房長官なんかに言ったら、法務省に言ったら、法的に出来ないんだと。
そういうもんかな?と思ってたんですけど、出来たんですよね?(笑い声 「やる気がなかったんだ」の声)
法の解釈が変わったのかも分かりませんけど。
でもとにかく、例えば法執行分科会と言うのが出来てですね。
次に私たちが要求しているのはミサイルの技術者とか原子力の技術者の人たちに、朝鮮に出入りできるのはおかしいと。
そういうことは、もう検討されているはずだと思います。
そしてまぁ、上の情報室とは別に情報分科会と言うのがあるわけですね。
こういう組織が出来て、そして40人くらいだっけ?
何十人かの人たちがですね。
集められて事務局に常勤でいるんですね。
この間、外務省のある人に会ったらですね。
「うちからも何人か抜かれたんですよ、駄目とはいえないんでね、あはは」と言っていましたけどね。
各省庁で相当優秀な人を集められて、勤めているわけです。
そして最初に開かれたのが、一枚目の10月16日の対策本部の、最初に開かれた対策本部で今後の対応方針が決められたんです。
日本政府の今の拉致問題に対する方針なんです、この紙が。
ここでは何回も書いてます。
すべての拉致被害者の生還と書いてある。
安倍総理が12月の集会で仰いましたけど、12月の集会のときに安倍総理はまず認定されていて帰って来れない12人の人の名前を全部呼んで、この人たちを取り戻す。
それだけではなくて、まだ認定できていない拉致被害者も全員取り戻すんだと言ったんですね。
つまりすべての拉致被害者と言うのは、日本政府が認定しているのがすべてと言う意味じゃないんです。
認定出来ているか出来ていないかと言うのはこちら側の都合であって、誰が被害者で救出を求めるか、と言う事が問題なんですね。
すべての被害者と言う中には認定出来ていない人も取り戻すと言っているわけです。
特にですね。
この1ですけども、「北朝鮮に対しすべての拉致被害者の安全を確保し、直ちに帰国させるよう引き続き強く求めていく」という事が書いてありまして、ここでも何回も申し上げたと思いますけど、政府の文書の中に「安全を確保し」と言う言葉が入ったのは初めてですね。
「安全を確保し」と言う言葉が入ったのは、生存を前提としているからです。
だから日本の中で生きているか死んでいるかという事を議論する時代では無いと。
平沢さんは分からないと言ったんですけど。
だから地球が一周くらい遅れている感じですけど。(笑い声)
今はつまり分からない。
だから証拠を出せと言うと、安倍さんが偽の遺骨が出て来たときに言っていましたけども、もう証拠を出せと言うと危ないと。
生きている人の腕を切って焼いて出すかもしれない。
偽の遺骨まで出してきたという事は生きているという事だと。
生存者を全部帰せという事を・・・(聞き取れず)に言って、日本政府もそこは小泉政権時代に統一したんですけど、整理して今は「すべての被害者の生存を前提として安全を確保する」という事が入ったんです。
今まではですね。
安全を確保しろと心の中では思っていましたけども、それより死んでるとされてしまったらどうなるのか?と。
我々救う会はただ生きていると言っていたんですけど、このスローガンは要らないかもしれない。
政府も言ってるわけですけど日本国内では堂々と言っている。
言わなくちゃいけないという事は論争があるという事ですけど、それは無くなったんですね。
平沢さんを除いてはですね。(笑い声)
それより、安全を確保しろと。
今生きている人たちに危害を加えたり、病気になったりしたときにきちんと治療をしなかったりしたら許さないと、いう事が政府の文章に入ったんですね。
やっぱりそれは家族の人が一番心配してた事は、本当に心配している事はこの事だったんですね。
早く帰ってきて欲しい。
でも帰ってくるまでの安全を確保して欲しいと。
帰ってくるために運動をする事が、安全を確保することにマイナスになるかもしれないと。
そういうジレンマの中で、ずっと家族会の闘いはあったわけですけども、政府はそれに対して「拉致があるかどうか分からない」とか、「外交交渉が先だ」とか言っていたわけですけど、今は政府が家族と同じ気持ちになって安全を確保して心配していると。
そして2番目に今行なっている日本の制裁措置が書いてあるわけですけど、そして「今後の北朝鮮側の対応等を考慮しつつ、更なる措置について検討する」というのは「更なる制裁を検討する」ということを言っている。
北朝鮮が誠実な対応を見せなければ更なる制裁を拉致を理由にしてやると検討すると、はっきりここに書いてあるんです。
私たちが言っていることと同じですね。
更なる圧力を加えて返して欲しいという事も、同じ事が書いてあるわけです。
そして3つ目の現行法制度の厳正なる法執行というのも、先ほど申し上げたブッシュ政権と一緒に進めている法執行制裁もやっていくと。
特に日本が今求められているのは、日本はあまり送金は無いといいましたけど、日本が今求められているのは核やミサイルの技術・部品の北朝鮮への輸出を止めることです。
北朝鮮のミサイルのかなりの主要部品が日本から行っているわけです。
メンテナンスも日本の技術者がやっていたわけです。
それを止める。
今それを止めつつあると。
それから4つ目は情報を知らせるという事ですね。
それから世論の啓発、こういう集会も今度一度は調整室にお願いしようかと。(笑い声)
共催とかやって、そういうのもいいかな?と。(小さな笑い声)
でも、そういう事をやると書いてあるわけですね。
で、実際に集会をやりましたし、全国でこの間のパネルの材料は提供しましたけど、写真展全国で展開してやられていますし、いろんな所でいろんな広報活動が進んでいるのは事実ですね。
地下鉄にポスターがずっと、これは安倍官房長官時代のことですけども、貼ってありますよね。
それから5つめは、今日の松本さんの話にも関係しますけど、特定失踪者と言う言葉がはっきり解釈をつけて入って。
の事案を含め拉致の可能性が排除できない事案に関する、つまり特定失踪者は、名前の挙がっていない被害者もいるんだという事はここで何回も言いましたけど、その事もここに視野に入っているんです。
捜査・調査をして、そして新たに認定する事案があれば北朝鮮に取り上げていくと。
それから6つ目は、「国連をはじめとする多国間との場、関係各国との緊密な連携を通じて拉致問題解決の国際的な協調をさらに強化していく。」
これも今回、安倍総理の外遊でもヨーロッパに行かれても、それからフィリッピンでも、とにかく総理が行くときは拉致問題を話されますよね?
外務大臣もそうですよね?
一番上がそうですからそれ以外の外交官の人たちも皆そういう事になっているんです。
特にですね。
今回の東アジアのサミットに拉致という言葉も入りましたですよね?
でもあれも、簡単に入ったわけじゃなくて、「拉致も含む人道的懸念について」という言葉が入った。
人道的懸念という言葉は実は国連安保理事会での北朝鮮に対する制裁決議の中に入っている言葉なんです。
humanitarian(=人道主義の)という言葉をまず国連安保理事会決議に入れたんです。
中国も賛成したんです。
ただ、今度は中国がいるところの声明でそれが入るのは中国は反対できないわけですね。
国連の安保理事会の決議のときは・・・・・・(スペルを聞き取れず)abductionと言うのがついていたんですね。
当初の原案では。
日本政府が提案した当初の原案では「拉致を含むという人道上の懸念」と言う言葉だったんですけど、中国が反対して「拉致を含む」が取れちゃったんです。
しかし、今回の東アジアサミットの生命では「拉致を含む」という言葉が中国がいるところで入ったんです。
言葉使いも一つ認めさせて次にいくという事があるわけですね。
プロの外交官はやっぱりやるんだなと思って、人道上の懸念なんて言って拉致が入ってないから怒った方がいいのかな?と当初思っていたんですが、やっぱりそういうふうにやって足がかりを作って、ひとつひとつこうやって中国・・・(聞き取れず)をやっているんだなと、私なんかは感じるんですが。
その点では6についても進んでいると。
これも我々が日本国内の単独制裁と、それから国際的連携で北朝鮮を追い込むんだと言っていたわけですけど、同じ事を大規模に国家でやる体制になったんだなぁと思うわけですね。
麻生外務大臣がルーマニアに行って「お宅にも被害者いるんですね」なんて言って、私のペーパー読んだのかな?と思って(笑い声)、この間の国際会議での報告を読んだんだと思うんですけど。
と言う点では本格的に取り組む体制になって、そして一番最後には予算が政府案になったわけですね。
補正予算が2億2千万くらいで、それから来年度予算が4億7千万。
ですから来年度の終わりまでの間に7億円くらい対策本部として使うと。
前年度予算は事務局事務経費で5000万くらいだったわけですね。
人もついて、24時間拉致の事を考える人たちがいて、先ほどの方針が決まって、それを実行するのに必要な予算が今付いたわけです。
そういう段階で北朝鮮の核問題でアメリカを中心として、今追い詰めることが出来つつあると。
という事を確実にやっていると。
一言いろんなところにいってですね。
安倍さんは話しをするという事を今やっていませんけど、今度拉致問題に関して言うと、今までずっと蓄積があるから、始まったらすぐわっとこういう事が出来るわけですね。
誰かに話を聞くとかじゃないわけです。
構想があった事を実現しているんです。
9月からですからまだ3〜4ヶ月しか経ってないのに、ここまでの体制を作ったわけです。
と言うところは高く評価されるべきではないか?と言うふうに思っておりまして、いよいよ政府と一体になって、北朝鮮に対して返せと。
返さないんならば、圧力が強まりますよと、国際社会もそう言ってますよと、国際社会と連携して北朝鮮に対してすべての拉致被害者の送還を求めて、それをしないんであれば圧力を強めていくと、いう今までの我々の方針は全く間違ってなくて、政府が今その為の先頭に立っている。
その政府と一体となって、オールジャパンで金正日政権を追い詰めていく時なのかなぁと今は思っています。
以上です。(拍手)
東京連続集会24(5)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月27日(土)20時40分49秒
返信・引用
松本京子さん家族の思いを聞く 東京連続集会24
07.1.18 友愛会館にて
『西岡力 救う会副会長の講演 その2』
これはここでも島田さんにも話してもらったこともあると思いますけど、島田さんは最初から言っていたんですけども、ブッシュ政権は2001年の段階から、悪の枢軸演説をした2002年の1月以降特にですけど、金正日政権には強い圧力をかけなくちゃいけないと。
そしてはっきりと政権にいる人は言いませんけど、その周辺にいる人たちはレジーム・チェンジと政権交代が必要といっていたわけですね。
その方法についてはイラクは軍事的な方法が必要だと。
しかし、北朝鮮は経済制裁が効くんだと言っていたんです。
最初からそう言っていたんです。
イラクは実は経済制裁10年かけたんですね。
湾岸戦争以降、経済制裁がかかっていたんです。
しかし、石油を密売するから彼らは武器を持つことが出来たし、秘密警察を維持することが出来たわけです。
北朝鮮は石油を持っていない。
経済制裁が効くんだという事を言っていたんです。
高世仁さんという優秀なジャーナリストの人がいて、最近本を書いたんですが、本のタイトルなんだっけ?
金正日の偽札何とかと言う(=金正日「闇ドル帝国」の壊死 光文社)それを読むとですね。
今アメリカが言っていたことの詳しい中身が分かったんですが、2001年の秋にですね。
国務省の中で北朝鮮にどういう対応をするか?というプロジェクトチームが出来ている。
ケリー国務次官補がアッシャーさんと言うプロジェクトチームのリーダーを呼んで調査をやっている。
それはですね。
北朝鮮の貿易統計を見ると、大体毎年多いところでは10億ドル、そうでないときでも7〜8億ドル赤字だと。
どんどん赤字が溜まっていけばですね。
国家は破産すると。
物も買えなくなるはずなのに、金正日はトロを食べている。(笑い声)
核ミサイル開発は進んでいる。
秘密警察は維持できていると。
合理的に考えて合わない。
今は、北朝鮮と物を買うのは、どんどん70年代にですね。
西側から物を買って代金を払わなかったものですから、日本は北朝鮮に貿易抑制を適用をしていますから、現金払いしか買えないわけなんですね。
しかし、日本から物を買っていけているわけです。
現金を持っているわけです、外貨を。
持ってないんです、北朝鮮が・・・(聞き取れず)いいんですけど、そうじゃないわけです。
なぜ買えているのか?物を。
アメリカがそれを調べたところ、犯罪資金だと。
貿易とは別に犯罪資金と言う収入源を持っていたと。
犯罪及び兵器輸出。
大量破壊兵器のミサイル輸出とそれから犯罪資金、それが多いときで5〜6億ドルくらいになる。
年間にですね。
そしてそれは国庫に入っていなくて、金正日の個人口座として海外に預金されている。
それを管轄しているのが労働党の39号室という、今38号室と言うところがあるんですけど、39号室38号室が管轄して管理しているわけです。
すでにアメリカのCIAはかなり調べていまして、CIAの数年前の推定では43億ドルが金正日の個人資金としてスイスの銀行辺りにあると。
それが物を買っても減らないわけですから、武器の代金や犯罪資金や偽札や麻薬のお金がそこに入っている。
それを下ろせなくする。
犯罪に対して余りにも国際社会は甘かった。
それを当たり前に法執行すれば、金正日政権は政権維持が難しくなるくらいダメージがいくと。
中国が支えていると言いますけど、中国は生の現金は出していないです。
石油と食料を出している。
別に石油を転売してトロを買っているわけでは無いんですね。
最低限の石油しかないわけです。
中国からの援助だけでは貧乏な極東の独裁国家という事になってしまって、核開発なんか出来ないわけです。
金正日の贅沢やその周辺の人たちの贅沢な暮らしは持たないわけです。
外貨は、輸出するものはほとんど何もないわけです。
まともなもので。
偽札は出来が良いようですけども。(笑い声)
偽札と偽タバコはパッケージは上手く作るんですけど。
それしかないわけです。
という事をアメリカは実は2001年に調査をして、それでそのときから、だからイラクには軍事制裁を北には経済制裁が効くと言っていたんです、その調査を背景にして。
あるいは実はですね。
そういう調査と言うのはすでに行なわれていて、1980年代の終わりに韓国当局がそういう調査をしていまして、同じような問題意識からまともな貿易をして食べていないと。
当時はですね。
犯罪資金よりも日本からの送金が多かった。
日本から朝鮮総連系の機関や個人が・・・(聞き取れず)に送金をしていた。
救う会の会長の佐藤会長が所長をやっている現代コリア研究所が当時推計をしまして、年間600億円くらい北朝鮮に裏から送金されていると。
それが核開発を支えているんだと。
93〜4年の第一次核機器のときにアメリカの一部では爆撃をしようと言う議論があったんですけど、私たちは爆撃はする必要は無いと。
経済制裁をすれば、・・・(聞き取れず)からの日本からの送金を止めればいいんだと言ったんですね。
英語で発信したりしたらば、韓国の当局も同じような調査をもっと詳しくやっていて内容が大体一致したんですが、アメリカもそうだという事になって、アメリカから強い圧力が来て日本政府が調べたんです。
内閣調査室が調べたところによりますと、年間1800億円から2000億円日本から出たと。
私、当時直接内閣調査室で調べた人から聞いているんです。
それを止めろといって止めようとしたんです。
本気で止めようとしたんです。
警察が朝鮮総連に対して余りにも今まで法の適用が甘かったのを厳しく適用して、税務署も動き始めたんです。
その時北朝鮮は経済制裁は宣戦布告とみなすといってですね。
日本に向けてノドンミサイルを発射したんです。
今と良く似ているんです。
しかしクリントン政権でありましたアメリカは、核武装をやめさせるといって安保理事会で経済制裁決議案を出したんです。
そして在韓米軍と在日米軍を増強したんです。
そしたら金日成が出て来た。
カーターと会って、核を凍結するからと言ったんです。
そのときもつまり、何かお金が来るとか日本からお金が行くからとか言うことで核凍結になったんじゃなくて、向こうは戦争をするといって脅してきたんですけど、それでもこちらは戦争するとは言わなかった。
経済封鎖をすると。
端的に言うと金正日の個人資金に、当時は犯罪資金よりも日本からの送金が主たる資金になっていますから、それを止めると。
そうすると一般国庫の方は回っているけど、金正日特別会計の方は回っていかなくなる。
そちらを押さえられると彼らは本当に困って動き始めるんです。
一般国庫の方は・・・(聞き取れず)して1995年から100万程度の餓死者が出るんですけど、政権は倒れなかった。
そのときでも藤本さんの本を読みますと水上スキーに乗っていたと。
年間100万人の餓死者が出たときも藤本さんたちは水上スキーで遊んでいたと。
で、テレビ見て、あのウニが食いたいと言うと買いに行ったりとか、三越の何とか餅がおいしいとか言うと柏餅か何か知らないけど、それだけを買うために飛行機に乗っていくとか。
道でばたばた子供たちが死んでいたときに、そういう事をやっていたわけです。
それは国庫とは全然別の外貨を持っていたから。
でもそれに、第一次核危機のときに日本とアメリカと韓国が気付いて、それを封鎖しようとしたときに、彼らは一度折れて来た訳です。
しかし金正日がもう一度出てきて、一度約束した核開発を止めると言ったのを、裏でやっていたわけです。
一度我々は騙されたわけですが、ただ、その時の事を我々は知っていたからブッシュ政権の経済制裁が、北朝鮮のレジーム・チェンジが出来るという事が正しいと思っていたわけです。
2002年の段階からですね。
それで、その時一番考えたのはつまり、国連安保理事会の制裁決議が出て金正日政権は大変追い込まれた。
ミサイル発射などもあって大変緊張も高まるだろうと。
最後にはこちら側が強いんだから向こうが折れてくる、あるいは向こうの政権が倒れるか向こうが折れてくる。
しかし、その場合に過去の経験からすると94年の段階で向こうが折れてきたときに、拉致問題では折れてこないのに、国際社会はそれで良いと言ってしまった。
特に村山政権がジュネーブ合意が出来たときに、アメリカから北朝鮮が核開発を凍結すると言ったと。
その代わりに45億ドルで原子力発電所を作ることになった。
日本は10億ドル出せと言われたら、ハイ出しますと言ったんです。
その時日本は拉致問題をアメリカにも北に対しても要求しなかった。
日本が要求しなければ国際社会は議題にしないです。
そういう事をさせてはならない。
アメリカがテロ政権に核ミサイルを持たせる事を止めさせるというふうに今言っているんだから、拉致はテロだと言うスローガンは効果があるんだと。
アメリカは経済制裁、金正日の個人資金をターゲットにして締め上げるだろうと。
その時向こうは戦争も辞さないといって、前回と同じにミサイルを発射したり、あるいは若干のテロもあるかもしれない。
戦争直前まで緊張は高まるだろう。
でも戦争になったら向こうは負けるわけですから、肝試しをするだけで、こちらが最後は勝つだろうけども、いろんな事が起きてくる中で、その時になって初めて真の交渉が始まってくる。
向こうが折れてきて、止めてくれと、もう耐えられないから止めてくれといって、交渉が始まるんです。
民主国家はなぶり殺しみたいな事はしませんから、やめてくれと言ったら話し合いを聞くんです。
で、こちらは条件を出すんです。
その時に被害者を全員返しなさいと言う条件を、国際社会と一緒に出せるかどうかが勝負だと。
94年の時には出せなかったわけです。
出さなかったんですね、日本政府は。
94年の前に、88年の梶山答弁があったわけですよね。
ここにいらっしゃる皆さんは全部ご存知だと思いますけど、国会で拉致の疑いが十分濃厚だと言っていて、そしてそれから91年には田口八重子さんの拉致認定があったわけですね。
警察が認定したんですから。
それなのに10億ドル出すときの条件に、田口さんが帰ってくることとか増元さんが帰ってくることとか言わなかったんです。
アメリカからの圧力で言えなかったんじゃないんです。
だから、金正日政権に対して今国際的に彼が嫌がる事を、条件を突きつけてやるという事ですね。
それが個人資金を封鎖するという事で、94年のときは日本からの送金だったんですけど、今は日本からの送金はかなり減っています。
バブルが崩壊してしまって朝鮮総連自体がその余力が無くなっているわけです。
朝銀信用系の預金を意図的に持っていくという事もやりましたけど、そのために破綻してしまって、1兆6千億円(?)くらいが補填されたわけですけども、補填された後新しく補填されたものを向こうに送る事は出来ないです。
日本からの送金は大変減っています。
その分を犯罪資金で埋めたんです。
それから韓国の大統領が今度が裏金を出したんです。
4億5千万ドル出したし、現代財閥の金剛山観光で今でも現金を払っていますし、様々な形で韓国からは現金が行っています。
しかし今年はまた、韓国の大統領選挙の年なわけなんです。
2002年からちょうど5年経ったわけですね。
今は、今のところはハンナラ等政権が勝つ可能性があるわけです。
そうすると金正日政権としても、もう一度日本を見ざるを得なくなるような状況になるわけです。
国際社会が彼に現金を渡さない、外貨を渡さないという事が出来ればですね。
本当に苦しくなってきて、こちらの要求はこれだ、あんたの要求は何だと言う対話が始まる。
交渉が始まるんです。
その時に日本が拉致問題は、まぁ二つの要素があって、国際社会は金正日が絶対耐えられない圧力をかけること。
それは今出来つつあるわけです。
アメリカの金融制裁、国際社会の制裁が出来つつある。
耐えられなくなって交渉が始まったときに、国際社会が拉致問題もその制裁を解除する条件に入れること。
その二つの条件を満たすことが出来れば、事態を大きく動かすことが出来るだろう。
安倍政権のやっていることは、その二つの条件を満たすためにやっているんです。
あるいは先頭に立って、その二つの条件を作ろうとしているわけです。
誰かが誰かのコネクションで、平壌に何人行ったから話が進むとかいう事では全然なくて、向こうの方が困ってですね。
安倍さんに会いたいといって、私のところに電話してくるとかですね。
安倍さんにコネのある人を探して、向こうから来るというときが近づいてきていると。
もちろん、今のところは韓国から現金が行っているという要素がありますから、韓国の政治情勢がどうなのかという変数がありますけども、韓国の中も自由民主主義あるいは北朝鮮の人たちを助けなくちゃいけないという、真の韓国の自由民主主義派、あるいは自由統一派。
自分たちは自由統一派と言っているんですが、そういう人たちが目覚めて来ていまして、我々は最高でも6万人くらいしか集めていないですけど、その人たちは20万人くらい集めてですね。
街頭で集会やったりしているんですね。
日本のマスコミはほとんどその人たちの動きを報道していませんが、その20万人くらいの集会では、韓国の拉致被害者の家族が出てですね。
拉致問題解決すべきだと、日本の被害者を救うべきだと言ってくれているわけです。
で、北朝鮮の人たちも救うべきだと。
ま、もちろん盧武鉉政権の側も必死で政権を守りに来ていますけど、どうなるか分からないと言う変数がありますけども。
しかし、日本政府が今やっている事は、まず拉致問題は国政の最優先課題で、絶対に譲らないと言う体制を作ったわけですね。
そして国際社会と一緒になって、核とミサイルとそれから拉致問題で今北朝鮮に制裁をかけている。
その制裁のターゲットは北朝鮮の一般国民ではなくて、金正日の個人資金だと。
で、別に私は政府の広報マンでは無いんですが、先ほど増元さんとの話の中で政府がどれくらい説明してくれたかと言う話があるんですが、今は2002年以降はですね。
支援室と言う組織が出来て、政府でいろいろ方針が決まると説明を受けるんですけど、特に安倍政権になってから後はですね。
対策本部が出来て、それからは節目節目でいろんな決定事項があったりすると、その書類をいろいろ頂くんですね。
多分我々にいただいたものだから、公開されているものだからなぁと思って、今日は皆さんにサービスして全部コピーして持ってきたんですが。
多分こういう事があまり広まっていないから山崎さんの話がたくさん出るわけですね。
山崎さんを呼ぶんだったら、対策本部から誰か呼んで今の日本の今後の対応方針とかどうなっているのか?とかですね。
組織がどうなっているのか?とか、今年の予算がどうなっているのか?とか、話を聞いたら良いと思うんですけど。
それを聞いた上で一回だけ訪問した方が効果があるのかどうか、議論すべきだと思うんですけど、それがないって言うのが残念なので、私別に政府の人間では無いんですが、ちょっと解説をさせていただきますけども。
これが10月16日の、その前に2枚目を見ていただきたいんですね。
まず安倍さんは内閣を作って対策本部を作ったわけですね。
その対策本部の組織図がこの2枚なんです。
対策本部の本部長が総理大臣で副本部長が官房長官で、官房長官は拉致問題担当大臣を兼ねているんですね。
そしてこの対策本部と言うのはすべての閣僚が入っているわけです。
閣議と同じ。
すべての大臣が入っている。
で、その下に常設の事務局が出来たんです。
各省庁の拉致担当者が一回集まって会議をやるんじゃなくて、常設の事務局が出来たんです。
その事務局長が、私たちの大変信頼している中山恭子さんになったんですね。
そしてその首相補佐官を兼ねて事務局長になった。
首相補佐官は常設で、多分首相補佐官だって部屋があって下に何人か人たちがついているだけですけども、事務局長を兼ねていますから事務局の上なんですね。
常設の人がついているわけです。
そして閣議の下に、閣議が対策本部ですから、対策本部の事務局長ですから、各省庁に対しても首相に対してアドバイスをするんじゃなくて、各省庁に対して拉致問題に対することであれば大臣としていろんな話が出来るんです。
上下関係があるわけです。
・・・その3に続く・・・
東京連続集会24(4)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月25日(木)14時04分35秒
返信・引用
松本京子さん家族の思いを聞く 東京連続集会24
07.1.18 友愛会館にて
『西岡力 救う会副会長の講演 その1』
あけましておめでとうございます。
私は年末にですね。
桜チャンネルの討論会と、それから朝まで生テレビの討論会に出まして、その主要なテーマの一つが北朝鮮問題だったんですね。
そこで出られた方たちと、大きく見ていることというか、感じている考えている情勢認識がずいぶん違うなと思いまして。
これがその後1月に10日近く韓国へ行ったんですが、その間に山崎拓議員の訪朝と言うのがあってですね。
訪朝するのかもしれないな、というのは前から思っていたんですけど、それはちょっと後で・・・・・・・・(聞き取れず)。
驚いたのは、扱いが大変大きかったことですね。
なぜ?あんなに大きな扱いになるのかな?という事と、年末に感じた有名な論客の人たちが考えている朝鮮情勢と、私の考えていることとずいぶん違うという事が・・・・・・・・(聞き取れず)しまして、そういう話を今日はちょっとしたいと思います。
つまり、今の安倍政権がやっている拉致問題の取り組みと言うのが効果を上げているのかどうか?という事なんですね。
例えば、もう少し大きな事を言うと、拉致問題だけじゃなくてですね。
安倍政権、そしてブッシュ政権が昨年の北朝鮮のミサイル発射実験に対して強い制裁で臨んだわけですけども、それが実際効いているのか?
あるいは北朝鮮の核ミサイル武装は既成事実となってしまって効いていないのか?という事ですね。
山崎さんはテレビに出られて効いていないと、上手くいっていないと、自分としては風穴を開けたんだとですね。
今まで過去には圧力では被害者は帰ってこなかったけど、総理が2度訪朝したときには帰って来たと。
過去の経験から言うと対話の方が効果を上げたんだと、いう事を話されているわけですね。
私たちはここにも書いてあるように、制裁の圧力ですべての拉致被害者を救出しようと言っているわけですね。
で、実際去年ミサイルと核が契機ではありましたけど、拉致問題も明記された制裁がかかったんですね。
それに対して、いや効果がないと。
話し合いを、こちらから向こうに行ってですね。
誰が出てくるかも分からないような、誰と会ったかも公開できないような話し合いを求めていくような段階なのか?と、言うことについて、話をしたいと思っているんですが。
一言で言いますと、まぁここでは何回も申し上げて来ているんですが、制裁は効いているんです。
辛くなってきているのは向こうなんですね。
するともう一つは日本政府はかつてない拉致問題に対する取り組む体制を作ったんだと。
今その体制が出来て、それが本格的に動き始めた段階ですね。
その体制が出来たという事と、制裁がかかったという事の二つ、ちょうど同じ時期に出来てかなりの効果を上げているということがあって、もちろん向こうが効果が上がっている制裁に対して、どう判断してるか動きを見せるのかという事は、ボールは向こうにあるわけですから、何月何日にこれからこういう事が起きます、というふうには簡単には言えませんけども、かつてないほど全員救出に近付いて来ていると。
明かりが見えてきたと、光明の先に明かりが見えてきたと申し上げてきたと思うんですけど、私はそう考えていて変わっていないんですね。
ところが世の中は安倍政権になっても何も動いてないと。
何か、中山さんたち補佐官は開店休業でやる事がなくて困ってると、週刊誌なんか読むとそういうふうに書いてあるんですが、なんでそんなに認識の違いがあるのかな?と思いまして、その事を少しお話をしようと思っているですが。
まず、今のことに入る前にですね。
5人が帰って来たときのことをお話したいんですね。
なぜ5人が帰ってこられたのか?
なぜ金正日が拉致を認めたのか?という事ですね。
山崎さんは小泉総理が行ったからだと。
だから自分の事を言ったんですけど、(笑い声)平壌にこちらから出向けば進展するのか?と、いう事なんですが、ここで何回も申し上げていますけど、外務省の田中局長がうまく北朝鮮と裏交渉をしたからではなくて、核問題でブッシュ政権が北朝鮮がジュネーブ合意そして、NTP条約、韓国との非核化宣言というのを破って、パキスタンから技術を導入して核開発を続けていると言う決定的な証拠を握ったと。
それを背景にして「悪の枢軸」の演説があり、圧力を強めていったと。
その圧力に対してどう逃れるか?と言う彼の戦術の一つが、小泉政権をブッシュ政権から引き離すという事。
つまりブッシュ政権のテロとの戦争のターゲットになってしまったと。
ブッシュ大統領は2002年1月の一般教書演説で悪の枢軸といっただけではなくて、テロとの戦争のゴールは二つあるといって、ひとつめはテロリストに裁きを下すこと、テロリストの基地を叩き潰すことだと言いましたけど、二つ目のゴールはテロ政権から大量破壊兵器を取り上げることだと言ったんです。
そのテロ政権の代表として3つの国を挙げたんです。
金正日から大量破壊兵器を取り上げるという事が戦争の目標なんだといったわけなんです。
それが2002年の1月の段階です。
その頃実は田中局長のラインで秘密交渉が進んでいたんです。
ところが田中局長はアメリカにその秘密交渉の進展を一切秘密にしていたんです。
アメリカは金正日から核兵器を取り上げる、核ミサイルを取り上げる事を戦争の目標にして圧力を強めていたときに、その金正日と秘密交渉をしている同盟国の日本政府は一切アメリカに言わなかった。
という事が進んでいましたから、、向こうからすると日本はアメリカと足並みが乱れていると。
アメリカは金正日政権を軍事攻撃したりあるいは経済制裁・経済封鎖をする場合に、日本の協力なしには出来ない。
在日米軍基地から発進するわけですし、経済制裁をする場合も日本の協力しなければ出来ないんです。
ところがその日本がアメリカと歩調を合わせていないと。
これは相手に隙があると思われたわけですから、彼は自分の政権を護るために日米を離反させる事ができると考えて、田中局長との交渉を続けていたわけです。
つまり、この例えも何回も申し上げていますけど、小泉さんや田中さんは金正日の方向を見て交渉したわけですね。
自分たちと金正日の交渉が上手く行っていると思っていたわけですけども、実はこの後ろにブッシュ大統領がこん棒持って見えるわけです。
金正日から見ると、接近してきている田中局長や小泉さんの後ろにブッシュ大統領が見えているわけです。
ブッシュ大統領のこん棒をかわすためには、この日本がブッシュの側に行かないでこちらに来させる事が良いと。
大きな枠組みがあったわけで、・・・・・・(聞き取れず)。
拉致問題を話をすれば、上手く話をすれば、彼らは拉致を認めたのか?
話し合いで認めるんだったらテロなんかしないわけですね。
そこが、基本的に金正日政権をどうみるか?と言うところの違いですし、あるいは冷戦時代以後の社会主義政権・共産党一党独裁政権をどう見るか?という事ですけども。
基本的に共産党一党独裁の政策を変えさせるためには外部から強い圧力をかける意外にない。
今まで歴史的にそうだった。
外部から強い圧力をかけて、その圧力に対してちゃんと条件をつけてかけるんです。
これをやめなさい、と。
これをやっている限りはこういう圧力はかかりますよと、いう事を強く言うという事しか。
彼らは唯物論者ですし、共産主義と言うのは目的のためには方法を選ばないわけです。
約束を破っていいんです。
嘘をついてもいいんです。
テロをしてもいいんです。
自分たちの正義が絶対的な正義であると言う論理ですから。
そういう政権と交渉するときは力を背景にして、約束を守らなければこういう不利益が行きますよと。
あるいは日本の主権侵害をしているなら、それを元に戻さなければこういう不利益が行き続けますよと、いう事を行ってあることについて具体的に要求すると。
要求は具体的でなくちゃいけない。
しかしその具体的な要求は絶対に変えないでそれを向こうが聞かなければ圧力を強めていくと、いう形でしか彼らとはコミュニケーションが取れない。
対話と圧力といいますけど実は圧力も対話なんです。
止めなさい、と言う対話です。
悪い事をしていたら止めなさい、という事ですね。
取引ではなくて、要求だと。
で、田中さんなり山崎さんなりは日本はお金を持っている。
彼はお金が欲しいんだと。
だから、日本は過去の清算という事でお金を払う義務があるんだと。
ただそのお金をちらつかせて、彼らと我々との共通利益を得ることができるという考えがあるわけですけども、それも大変甘い考えだと思います。
金正日政権が5人の被害者を返すときにお金が欲しかったならば、先払いをするでしょう。
そんなに甘くないです。
韓国の大統領が訪朝したときは先払いだったんです。
現金で4億5千万ドル、入金が確認されて初めて行ったんです。
日本は現金は払ってないです。
現金を払うという約束の平壌宣言は書きましたけども。
もちろん現金が欲しかった事事態は間違いないです。
しかし、5人を認めるというときにですね。
人質を先に返して、お金は今後の交渉で、国交正常化の後で紙一枚で出すのか?と。
金正日政権はそんなに甘い政権じゃないです。
拉致を認めたわけです。
それはつまり認めれば何か自分に利益があるんじゃなくて、認めないと大変不利益になる。
認めないと大変不利益になると判断したときに初めて今までやっていた政策を少し変える。
その状況はブッシュ政権の9.11のテロの後、テロとの戦争のターゲットに金正日の核武装が置かれたということです。
その状況の中で起きたわけです。
手前味噌になってしまうかもしれませんけど、私は9.17で小泉総理が行く前にマスコミのインタビューなどに答えて、何か事が動くかもしれない。
動くとすれば金正日がアメリカの圧力をどれくらい切実に考えているか、だと。
アメリカの圧力をどれくらい切実に考えているかどうかに比例して、拉致問題が動くかどうかが決まるだろうと、いうふうにコメントをしていたわけです。
それはブッシュ大統領の演説を読んでいたからです。
戦争のターゲットになったという事は大変なことだというふうに、私が思うんだから金正日はもっと思ったでしょう。
そしてもう一つですね。
あの時2002年の9月は、実は韓国が選挙の年だったんですね。
2002年の9月の段階では保守党が勝つだろうという見通しだったんです。
金大中政権はあれで終わりで、盧武鉉政権ではなくてハンナラ党の李会昌(イ・フェチャン)政権が出来るだろうという見通しが強かったんです。
それは12月にならなければ分からないんですけど、そうなると日本もアメリカの側についたらば金正日は完全に孤立することになる。
アメリカがテロとの戦争のターゲットに平壌に向けて原爆を用意したときに、韓国がもう一度韓米同盟重視の政権に代わる可能性が高まって、もちろん必死で韓国の国内で工作はしていましたけども、絶対勝てると断言できるような状況ではなかったんです。
そして、そういうときに日本の方から裏交渉をして、政府が交渉すること事態、我々は政府が交渉すべきだと今言っているわけですから交渉すること事態を否定するべきものではありませんが、秘密交渉と言うのは外交交渉であるものだと思いますけど、核問題と言う重大な問題があるときに、同盟国であるアメリカに秘密にしてやる交渉とは何か?と。
絶対に上手く行かないわけです。
表になったときにアメリカは反対するから、じゃあアメリカと金正日との間で、日本はどちらに付くか?と言ったらアメリカに付くのは当たり前なんです。
そういう状況があって動いたという見方をするならば、今は日本も一緒になって拉致問題・核問題・ミサイル問題で金正日政権が誠実な対応をしないならば彼らを苦しく出来ると、言う体制をとることが出来たんです。
彼らが態度を変えれば制裁は少し緩くなりますし、最終的に全被害者を返して核ミサイル開発を止めれば、国交正常化交渉に入れるでしょう。
もちろん北朝鮮内部の人権問題と言う、普遍的なスタンスから我々が忘れてはいけない問題はありますから、そう簡単では無いでしょうけども。
条件が満たすことが出来れば、彼らは圧力を弱める事は出来るわけです。
しかし、その条件を全然満たさないで、今も寧辺の5千キロワットの原子炉には燃料棒が入っていて、この瞬間もプルトニウムの生産が続いているわけです。
北朝鮮の核兵器は1年間に、核兵器に使われている燃料のプルトニウムは1年間に大体原爆2〜3発分増えているわけです。
今もそうです。
ですから、彼らは止めろという事を止めてないどころか、公然と増やしているわけですね、原爆を。
アメリカは金正日から原爆を取り上げる事が戦争のゴールだといっている政権が今も続いているわけです。
2002年の9月の金正日が感じていた強い圧力は今も続いているんです。
そして何回も申し上げていますけど、一昨年の9月以降、いよいよアメリカは北朝鮮の犯罪行為を厳しく取り締まるという形で、北朝鮮から核ミサイルを取り上げるための強い圧力の行使に入ったわけです。
実はですね。
「朝まで生テレビ」などに出ていて思ったんですが、田原総一郎さんとかそういう人たちがですね。
私に対して、アメリカはこの間の中間選挙で民主党に負けたと。
それでイラクでは今泥沼だと。
いつ治安が回復できるか分からないと。
だから北朝鮮情勢まで力が回らないんだと。
日本だけが強い圧力をかけても日本が孤立してしまって、結局北朝鮮の核武装もアメリカは容認して、拉致問題は全然解決しないで終ってしまうんじゃないですか?と。
どう思いますか?という挑発的な質問を受けたんですが。
東大の、姜なんとかさんっていう(=姜尚中氏)あの人が嬉しそうにそんな事を言ってましたけども。
・・・その2に続く・・・
東京連続集会24(3)−1
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月23日(火)19時48分0秒
返信・引用
松本京子さん家族の思いを聞く 東京連続集会24
07.1.18 友愛会館にて
『松本孟さん(松本京子さんの兄)の訴え その2 (聞き手:増元照明さん)』
★増元照明さん
本当にあれでしょうね。
日本政府はその3人が入っているにも拘らず、ご家族に一切の情報はくれないし、さらに先ほど言ったように非常に北朝鮮による拉致の疑いが、素人がみてもちょっとおかしいんじゃない?という失踪の仕方をしていますから、それを警察がほとんど捜査をしなかったのもおかしいと思っているですが。
そういった中で認定を待つというか、認定してもらいたいと言う気持ちが強かったと思うんですけれど、どういった気持ちでこの期間、昨年の10月20日でしたか、どういった気持ちでおられましたか?
★松本孟さん
ちょうど去年の6月くらいからですかね。
米子市内を皆で歩きながら歩いてデモ行進みたいな事をして、これを月に1回ずつやっていこうと言うふうに決めて。
いつまで続くか分からないですけど、認定が取れるまで。
なんて言いましょうかね。
本当に雲を掴むような話ですど諦めずに、特に妹原さんとのお話で、認定に関して。
気持ち的にはいつ本当に認定をいただけるのか?
当時まだ分かりませんでしたので、きついものがありました。
★増元さん
やはり政府認定と言うのは、ある程度必要なものなんでしょうか?
★松本孟さん
今の状況ですと、やっぱり無いと非常にきついですかね。
精神的にきつい。
家族が、要するにうちの母親は84歳ですから、後待ったが無いんです。
そこの重圧が物凄く大きく圧し掛かってくるんです。
まだ私の場合は今こうやって認定を頂いているので多少の余裕はあるんですけど、まだ調査会の方の人。
またその下の人、まだ名乗り上げていらっしゃらない人。
ご家族の方、本当に80どころじゃない家族の方がたくさんいらっしゃるんです。
この人たちは野放し状態なんでね。
本当にきついと思いますよ。
私のところでさえかなり・・・(聞き取れず)なので。
★増元さん
救う会・家族会もそうなんですけども、政府に認定されていようがいまいが、すべての拉致被害者を取り戻す方向で運動しているものですから、僕たちにとっては、まあ私たちは認定されいるからこういう気持ちになるのかもしれませんけども、あまり関係ないんですね。
とにかくすべての拉致被害者を取り戻せばそれでいいんだと思ってますので、それから後から政府が認定すればいいのかな?というふうにちょっと思っていますが、やはり精神的にきついですか?
★松本孟さん
精神的にきついですね、認定がない人は。
北朝鮮に向けてどんどん言えれば、それは問題ないでしょうけど、窓口が一個だけしかないですから。
しかもまして年齢的にもうちだけじゃなく、鳥取のうちの近くの古都(=ふるいち 古都瑞子さん ※下記に情報あり)さん、あそこのお兄さんもそうなんですよね。
非常にきついんですよね。
だから本人さんは表立って仰らないけど、私がこうやっていろんな会合なんかに寄せていただく。
そうすると自分のところはどうして呼んでいただけないのか?と。
・・・(聞き取れず)の人は本当にきつい。
・・・(聞き取れず)はね、仰っていただける、だから非常にきつい。
精神的にね。
★増元さん
最終的には被害者を救出することで認定することでは無いですから、出来れば特定失踪者のご家族も精神的に非常にきついものがあると思いますけども、とにかく一緒に救出するための運動を一緒にやっていただければと思うんです。
その中で一応認定被害者の家族が特出されて壇上に上ったりはするんですけど、出来れば私たちだって壇上に上りたくないですから、・・・・・・・・・・・(聞き取れず)いいという思いはあるんですけどね。
だから今の安倍政権のやり方は、とにかくすべての被害者を取り戻すと言う方向で行っていますので、それほど自分たちを追い込まないほうがいいのかな?と私は思うんですけども。
特定失踪者ご家族も私たちと一緒にやっていっていただくといってるという思いでやっていただくのが一番いいのかな?と私は思っているんですが、今後日本政府は中々認定しませんよ。
認定してもまず良かったという事では無いですから、はっきり言って。
被害者が帰ってきてはじめてよかったという事になりますので、だから認定されるのをまず最初ありきと言うと。
★松本孟さん
認定を言うのは一つの通過点ですから。
ここを通過してそれからまたスタートに行くんですから。
だから結局認定のあるなしと言うのはね、全然対応が違ってくるんです。
★増元さん
政府の対応が?
★松本孟さん
もちろん鳥取県にしろ対応が全然違いますから。
★増元さん
どのくらい違うんですか?
★松本孟さん
もう計れません。
認定がなかったら、もうゼロですから。
認定がなかったら本当に物凄い開きです。
★増元さん
よく言っていまして、私たちも最初から政府に認定されたのではなくてただ疑惑の段階でしかなかったもんですから。
2002年になってようやく政府認定と言う形を取れたんですけどね。
家族は皆、北朝鮮に拉致されたというふうに確信していましたし、救う会の方でも調査いろいろな資料でまず間違いないだろうという事で、救う会の救う対象になったわけですけどね。
ですからどうでしょう?
政府の認定があるなしに関わらず、いろいろ資格、救う会で救出運動して来たんですけどね。
確かにあのときに日本政府が正確に認めないので報道が中々されない。
それに対して苛立ちを覚えました。
でも自分たちがやっている・・・(聞き取れず)大前提でやって来た・・・(聞き取れず)。
認定をされていない家族としてはやはりその辺に入るのは少し大変なのかな?というふうには思い至る部分が・・・(聞き取れず)。
同じ被害者家族としては救出する事の意味では同じ思いでいると思うんですが、そこで認められているか認められないかと言う待遇に関しては、全く思いがなされなかったと多少あるのかな?と今ちょっと反省をしております。
で、今後救出をするためにですけれど、お兄さんとしては何をやっていかなければならないと思っていますか?
★松本孟さん
ひとつはこうやって寄せていただける講演というのは一つの方法だろうと思いますけど、一つは鳥取県全県を、県の人権局それから米子市の人権局通じまして各自治体のですね。
回覧(?)を使って署名活動をしてみる。
今年一年、これを重点目標としてどれくらい集まるか?
これに力を注いでいきたいなと思います。
それで一名でも多く署名を頂ければ・・・(聞き取れず)なぁと思います。
・・・24(3)-2へ続く・・・
東京連続集会24(3)−2
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月23日(火)19時45分1秒
返信・引用
・・・24(4)−1より続く・・・
★増元さん
鳥取の方ではだいぶ拉致と言う問題に対して認識度が上がったというふうにはお考えですか?
★松本孟さん
今、県の人権の方でパネル展をやってますので、それが各市町村をずっと回ってますので、以前よりは拉致問題に対しての認識は高いと思います。
★増元さん
そのパネル展と言うのは昨年末に、救う会・家族会で作ったパネルのそれをやっているんですか?
★松本孟さん
今日持ってきたアルバムの中の一部を抜いて、別に作ったものを。
この中にももちろん横田さん、めぐみさんの写真も入っていますので、そういうのが移動しながら当然巡回していると。
★増元さん
今日はお兄さんにお持ちいただいた写真が一杯あるんですが、よくこれだけ撮ってられたなぁと私は思っているんですけどね。
自分のうちにはカメラがなかったんで自分の写真はあまり無いもんですから、羨ましいくらいなんですが。
この中の何枚、10点くらいですか?
★松本孟さん
10点くらいですね。
その中に。
★増元さん
小さいときのですか?
★松本孟さん
いや、これは勤めだしてからのですね。
小さいのは別のアルバムですから。
★増元さん
あぁ、そうですか。
凄いですね。
これは、この着物のはじゃあ二十歳の?
★松本孟さん
成人式の着物です。
母親が作ってやったそうです。
★増元さん
ほう、で、一杯、本当にこの他にも写真があるそうですので、やはり女の子一人だったから凄いですね。
羨ましいと私は思います。
私のところは4人きょうだいで一番末っ子だったもんですから、・・・・(笑い声)本当に赤ちゃんのときの写真ないんですよ、私。(笑い声)
自分で悲しくなりましたけどね。(笑い声)
★松本孟さん
こうやって見たら分かりますけど、子供抱いたりね。
子供が好きだったから。
この姿見てね。
北朝鮮から言われたんですけど、妹が着ている服と言うのはだいたいピンク系統が多いんですよね。
★増元さん
あぁ、なるほど、そうですね。
★松本孟さん
これをみるまでは私どもも金国石氏が証言している事は分かりませんでした。
★増元さん
妹さんがピンクが好きだという事も知らなかった?
★松本孟さん
知りませんでしたね。
★増元さん
ん〜、なるほど。
で、あの、弟さんはいくつぐらい違うんですか?
★松本孟さん
弟は妹と、ひとつとちょいくらいですかね。
★増元さん
今回拉致認定されたのは昨年の10月の20日なんですが、警察としてはなぜ改めて政府認定したというふうに?
★松本孟さん
ひとつにはね。
例えば弟の所在がちょっと分からない時期があったんで、おとついでしたか、ちょうど検察庁の方が来られて弟さんの方をちょっと調べさせてもらいますと。
結果、白だったと、事をひとつ仰っていました。
それも認定の一つのあれになったのかな?と。
★増元さん
なるほど、弟さんの所在が分かったので疑いが晴れたという事なんですね?
それにしてもちょっと認定するまでにずいぶん時間がかかってしまったんですが、今後、先ほど言ったように是非家族会の一員としても、すべての拉致被害者を取り戻すという方向で運動を一緒にやっていっていただければと思います。
もう、ひとりやふたりというようなそういう段階を踏んでいるような状況では無いので、・・・・・・・・・(聞き取れず)ので一緒に戦っていきたいと思いますが。
やはり・・・(聞き取れず)にいるときに家族会の活動を見てうらやましく思われたりされたんでしょうか?
・・・24(3)-3へ続く・・・
東京連続集会24(3)−3
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月23日(火)19時42分32秒
返信・引用
・・・24(3)-2より続く・・・
★松本孟さん
それは当然ありますよね。
★増元さん
取り扱い方とか?
★松本孟さん
扱いが良いとか悪いとかじゃなくて、やっぱりそうやって運動が出来るというのがね。
あの、一人じゃ出来ませんので。
何をするって言っても本当に一人じゃ出来ない。
だから当初からこういった家族会みたいのがあればね。
また、運動も参加したかったと思いますが。
私たちが家族会があると分かったのは、特定失踪者の・・・・・・・・(聞き取れず)来られてからですからね。
それまで分からなかったですから。
ちょうど妹原さんご存知かな?
家族会の・・・・・・(聞き取れず)のパンフレットが来たりして、こういうものがあるのかな、と。
ただきっかけがないとなかなかね。
家族単位では難しいですね。
★増元さん
それでは最後になりますけど、今日本当にここに来られている方は良く拉致の問題に詳しいと思いますので、皆さんにご挨拶をお願いいたします。
皆さんにご自分の仰りたい事を仰ってください。
★松本孟さん
本日はお忙しいところをわざわざお越しいただきましてありがとうございます。
妹も30年間北朝鮮に留め置かれまして、本当に不自由な生活をしていると思いますので、一日も早く無事に日本の土を踏ませるように、皆さんのお力を借りて何とか取り返したいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
★増元さん
どうもありがとうございました。
多少時間がありますので、もし私が聞き足りない部分がありましたら、どなたかお聞きになりたいと言う方がいらっしゃったら、一人かお二人。
いらっしゃいませんか?
★質問者1
確か松本さんだったと言う記憶があるんですけど、電話でですね。
こっちの方と向こうと連絡したときに、通訳として松本京子さんらしいと見たと。
で、「京子さんですか?」と聞かれたら、笑って後はそれ以降出なくなったと何かで聞きましたけど?
★松本孟さん
それはテレビの報道だったと思いますが。
★質問者1
ですね。
それは事実なわけですね?
★松本孟さん
言葉が多分浜弁だったので、多分そうだと思います。
京子だったと思います。
★増元さん
それは警察の方からそういうふうな話はしたんですか?
★松本孟さん
それはね、4年ほど前に話があって、妹原さんが警察に「こういう話があるので調べてくれ」といって、警察に持っていったんです。
去年の春先でしたか、警察にその届けを出した弁護士と一緒に行った事があるんです。
そしたら、捜査一課長が「それは話せない」
それで弁護士が「今日はお兄さんが来ていらっしゃるので、そこの所をもうちょっと話していただけませんか?」という事を仰ったんです。
で、去年でしたかね?確か。
それから去年の暮れになって政府の中でいろんな・・・・・(聞き取れず)
★増元さん
警察は本当に重要な事をしゃべりませんし、秘密にしたがるところで、僕たちのところにもいまだに警察から情報は入りません。
警察から入った事は一回もありません。
政府からは今やっている日朝交渉はどんな具合か?と言うのは入りますけど、政府が集めている被害者の情報、あるのか無いのかさえも分かりません。
で、以前も話をしましたけど、元外務大臣に集めてますか?ときいたら公然と集めてないと仰ってましたので、ただもう集めていると思います。
今は安倍さんの下に対策本部で事務局長の下に、総合調整室と政策企画室とそれから情報室と言うのが出来ています。
ですから、この情報室で絶対に集めてなければおかしいとは思うんですけど、今現在では私どもにどういう情報が集まっているのか、まだ家族会には来ていない。
とにかく私のところには来ていませんので、どうなっているのか。
今後日本政府はこんな対応ですよね?
★松本孟さん
私のところにも警察官が来るんです、一週間に一辺。
「何かないですか?」と。(笑い声)
何かこっちが聞きたいんですけど「何かないですか?」(笑い声)
★増元さん
私の方も実家に来るんです。
で、私が帰るたびに「何かないでしょうか?」
あの、なんででしょうね?
「いや、私ら下っぱのところには何も入らないんですよね、教えてください」
縦社会で、縦の中で現場にほとんど情報が入らないのが警察の特異体質のようですから。
被害者の情報に関しては・・・(聞き取れず)最終の段階までもちろん何も入らない。
救出できるかどうか?
そういうところまで行かないと詳しい情報は多分入らない。
それでも私たちは諦めずにやっていますので、今後とも私たちと一緒に戦ってください。
今日はどうもありがとうございました。(拍手)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※
氏名 古都 瑞子(通称:洋子)
失踪年月日 昭和52(1977)年11月14日
ふりがな ふるいち みずこ(ようこ)
生年月日 昭和5(1930)年4月8日
性別 女 当時の年齢 47
身長 148センチ 体重 45キロ
公開 第3次公開
当時の身分 皆生温泉の中居
特徴 色白、面長。靴のサイズ23.5センチ。
失踪場所 鳥取県米子市皆生温泉街またはその周辺
失踪状況 午後9時に旅館での仕事を終え一時帰宅。その後普段着に着替え出かける。自宅には近く東京へ行く切符や、ハンドバッグ、現金、常に持ち歩いていたポケベルも置いたまま。
情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html
東京連続集会24(2)−1
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月21日(日)18時45分36秒
返信・引用
編集済
松本京子さん家族の思いを聞く 東京連続集会24
07.1.18 友愛会館にて
『松本孟さん(松本京子さんの兄)の訴え その1 (聞き手:増元照明さん)』
・・・・・・・・・・・・・
※松本京子さんについての基本情報を、特定失踪者問題調査会HPより引用させていただきました。
テキストをお読みになる前にご覧ください。
http://chosa-kai.jp/index.html
氏名 松本 京子
失踪年月日 昭和52(1977)年10月21日
ふりがな まつもと きょうこ
生年月日 昭和23(1948)年9月7日
性別 女 当時の年齢 29
身長 体重
公開 第1次公開
当時の身分 会社員
特徴
失踪場所 鳥取県米子市自宅近く
失踪状況 自宅近くの編み物教室に行くと夜8時頃家を出る・普段着で現金も持っていなかった。この夜、自宅から約200メートル離れた松林で松本さんと思われる女性と2人の男が話をしているのを近所の人が目撃、「何をしている」と声をかけると、2人のうちの1人の男がこの人を殴り、額に数針縫うケガをおわせた。その直後、片方のサンダルを残したまま2人の男と松本さんは姿を消した。そのまま帰らず。平成16年1月29日、鳥取県米子警察署に告発状提出。平成18年11月20日、政府が拉致被害者と認定。
・・・・・・・・・・・・・
★増元照明さん
それでは今日の集会の一番のメインですが、松本京子さんの失踪事件についてこれから私とお話をお伺いしたいと思います。
今日はこちらにわざわざ松本京子さんのお兄さんであられる松本孟さんにお出で頂いています。
よろしくお願いします。〈拍手〉
すみません、まず松本京子さんの失踪事件と言うのを、ちょっとお話いただけないでしょうか?
★松本孟さん
失踪ですけども、妹の京子はですね。
29年前の1977年10月21日の午後8時ごろ、母親に「編み物教室に行く」と言って家を出たまま行方が分からなくなりました。
編み物教室には週に3回、熱心に通っておりましたので、ある意味その、行動パターンが読まれていたわけですね。
という事もあると思うんですけど。
ちょうど自宅のすぐ近くの住宅の裏で、妹らしい女性と若い男と二人と言い争っているのが目撃されていますが、目撃した人(によると)男たちに頭を殴られて最後は海の方に立ち去っていきました。
私たちの・・・(聞き取れず)は日本海の海岸のすぐ近くですので、拉致されたとみられる現場には妹のサンダルの片方だけ残されていました。
それっきりです。
母は必死で捜しました。
海岸沿いを「京子!京子!」と叫びながら、来る日も来る日も捜し回りました。
近所にも聞いて回りましたけども、捜しても捜しても何の手がかりもなく次第に月日も流れてしまって、母親は京子の事を口にしなくなりましたし、家族も触れてはいけないような雰囲気なので、それ以降本当に、妹の事は心配なんですけども親子としてそのことに触れることなく20数年間、こうやって暮らして参りました。
★増元さん
まずはそれでは拉致の事件の日の様子は分かりましたが、松本さんのところは家族構成はどうなっているんですか?
★松本孟さん
ええと、妹が拉致されたときはですね。
妹と母親と二人暮らしでした。
私と家内と子供は別の場所に生活していましたので。
★増元さん
お父さんは?どうされました?
★松本孟さん
妹が拉致される3年前に亡くなっています。
★増元さん
ごきょうだいは?
★松本孟さん
私と妹と弟と3人です。
★増元さん
で、京子さんとお母さんの三江(みつえ)さんが一緒に暮らしていて、そういう状況になった?
★松本孟さん
はい。
★増元さん
松本京子さんて、僕たちはよく名前は存じ上げてはいるんですけれども、いつからその北朝鮮による拉致というのを意識されましたか?
★松本孟さん
あの、多分皆さんご承知だと思いますけども、例の北朝鮮のいわゆる北朝鮮の大韓航空機事件。
これがですね、1987年爆破されましたときにリ・ウネさんの顔写真が出てまいりました。
それを見たときに、もしかしたらここかな?と。
そして1990年に福井県沖の不審船、これくらいのスピードがあればおそらく逃げられるだろう。
いうような事を思って、まず北に間違いないだろうと、その時に確信しました。
★増元さん
大韓航空機のときは確かにアベック3組の女性の名前が出されましてね。
私たちは当時から確信はしていたんですが、でも北朝鮮による拉致と言うのは余りにも唐突なんですけれど、それじゃその以前から北朝鮮による拉致ではないか?というような意識はあったんですか?
★松本孟さん
いや、そこまでは思ってなかったです。
★増元さん
思ってなかった?
大韓航空機と不審船を見て、で確信されたわけですね?
★松本孟さん
はい。
★増元さん
それも凄いですね。
やはりそう思った気持ちは何ですか?
★松本孟さん
・・・(聞き取れず)はわかりません。
わりと私ら小さいときから、こういう何といいましょうか、北の人たちがおるというというのは聞いていましたので、ひょっとしたらひょっとするのかな?と。
★増元さん
北の人間が侵入してくると?
★松本孟さん
そういう事です、そういう事になります、はい。
それはありましたですね。
★増元さん
その時に、1995年当初から拉致されたと。
家族会が結成されたのは1997年なんですが、家族会の活動に関してはご存知でしたか?
★松本孟さん
いや、全く分かりませんでした。
全然知りませんでした。
★増元さん
知らなかった?ああそうでしたか。
それだったら、もしご存知だったらその当初から・・・・・・・・(はっきり聞き取れず)
★松本孟さん
そうです。
もう当然、そうなっていたと思います。
★増元さん
2002年の9月17日まで、家族会の存在は全く知らなかった?
★松本孟さん
全く知りませんでした。
★増元さん
そうですか、ということらしいですけども。
それだけ報道が少なかったという事なんでしょうが、それだけ1995年に確信されていて、その後、京子さんの救出のためにどこかに訴えられたというような事はありましたか?
★松本孟さん
あの、全くそういう場所が無かったですね。
★増元さん
警察にはご相談になりましたか?
★松本孟さん
もう、警察は全く取り合ってくれませんでしたね。
★増元さん
失踪当時も、全然じゃあ取り合ってくれなかった?
★松本孟さん
そうです、もう何にも。
★増元さん
じゃあ、単なる家出人として。
★松本孟さん
そうです、家出人として捜査されただけ。
★増元さん
家出人として処理されて、北朝鮮の拉致の疑いがもたれたときにも結局取り合ってくれなかったと?
★松本孟さん
そうです。
★増元さん
なぜ?取り合ってくれなかったんでしょうか?
★松本孟さん
その辺は、私もあまり詳しい事は分からないですけどね。
いまだに警察の方は(自宅に)来られるのは来られるんですけども、事件としての内容的な事は実はまだ知らない。
ただそれを捜査中・・・(聞き取れず)。
★増元さん
それはそうでしょうけど、鳥取県警ではいつから拉致と言うのを意識し始めたと言うような事も聞いていらっしゃいますか?
★松本孟さん
それは捜査関係者の話では、大韓航空時事件のときにもう一回洗いなおしていると、そっちがあるという事は聞いています。
・・・24(2)-2に続く・・・
東京連続集会24(2)−2
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月21日(日)18時40分25秒
返信・引用
編集済
・・・24(2)−1より続く・・・
★増元さん
あ、そうですか。
と言うのが事件の概要です。
それではまず京子さんと言うのはそれじゃどういった方だったのかお聞きしたいんですが、孟さんとはいくつ違いの?
★松本孟さん
一つ違いです。
★増元さん
じゃあ、もうずいぶん親しい?
★松本孟さん
そうです。
ほとんど同じようなものですから、当然・・・(聞き取れず)
★増元さん
どのような方だったんですか?
★松本孟さん
子供のときっていうのは、私も余りちょっと記憶がよく無いんですが、社会人でしょうか。
大人になってからというのはもうちょっとその、学生時代と言うのも結構私もなんとなく今思うと、喧嘩だけして暮らしていたような記憶があるんですね。
喧嘩だけは、そこの所だけは覚えているんですけども、後は余り覚えていないんですが。(会場、笑い声)
★増元さん
そうですか。
手は出されたんですか?
★松本孟さん
いやしません。
そこまではしていません。(笑い声)
★増元さん
言い合いをしたと?
★松本孟さん
そうですね、言い合い・口喧嘩ですね、今ですと。
そこだけは覚えていますね。
大体社会人になってかは、自分で稼いで旅行に行ったり。
特に妹は歌手の船木一夫さんが好きだったようで、今日はここには持ってませんけども、もう一つのアルバムに兵庫県で公演があったときなんかの写真も残ってますから、だいぶ回数は行ったみたいです。
まぁ、いろんなところに旅行をしたりなんかして、よく出歩いています。
特別変わった事はしていませんけども、本当に普通の、母親のいう事を聞いて。
休みの日には母親の畑の手伝いをしたり、家の掃除をしたり、そういった本当にどこにもあふれているようなごく当たり前の娘だったと。
子供が非常に好きだったもんで、隣近所と言わず連れては遊んでいたと言う記憶がございます。
★増元さん
当時会社員という事ですが、ご自宅の方は農業の方も?
★松本孟さん
そうですね、農家です。
・・・・・・(聞き取れず)をしています。
★増元さん
その、農業の方はお手伝いをされていたんですね?
★松本孟さん
そうですね、手伝いですね。
★増元さん
ずっと、高校を卒業されてからですか?
★松本孟さん
中学で終っています。
それからずっと勤めながら、会社に勤めながらです。
★増元さん
その会社と言うのは、普通の会社とは?
★松本孟さん
当時○○商事といいまして、非常に大きな縫製工場でして、学校終って女性があこがれる職場だったもんで、まあ、運よく勤めさせていただいたと。
★増元さん
ここにある一枚の写真、これはおいくつ位のときですか?
★松本孟さん
20歳くらいではないでしょうかね?これは。
★増元さん
そうですか。
口喧嘩を良くされたという事ですけども、それだけ多少気が強かったという事でしょうか?
★松本孟さん
それは性格は非常にきついものがあります。
私が口から言い難いんですけども(笑い声)、本当、私もしょっちゅう負けていましたから。(笑い声)
★増元さん
理屈で負けたと?
★松本孟さん
まぁ、そうです。
★増元さん
そうですか。
大体世の中の女性は厳しい方がいらっしゃいますので、男性はその点では弱いところですけど、理論で勝つんですけど勢いで負けると。(笑い声)
で、あの、弟さんもいらっしゃったわけですよね?
★松本孟さん
そうです。
★増元さん
弟さんは当時はどこに行ってらしたんですか?
★松本孟さん
大阪に出ていましたので。
★増元さん
松本京子さんが拉致されて、1995年からだいぶ関心をされたと思うんですが、今京子さんは認定をされましたから、ずいぶんといろんな話が出ているんですよね。
拉致したときに、京子さんが二人の男性と話していたところを見た人がいる。
その時に朝鮮語のような言葉を使っていたと言う証言が出ていますよね?
ああいった事は、以前聞いた事があるんですか?
・・・24(2)−3へ続く・・・
東京連続集会24(2)−3
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月21日(日)18時38分20秒
返信・引用
編集済
・・・24(2)−2より続く・・・
★松本孟さん
元々私の家の近くに、いわゆる朝鮮の方の住んでらっしゃる部落があるんです。
だから朝鮮語と言うか、そういう言葉を聞いたことはあります。
北朝鮮の言葉か半島の言葉か分かりませんけど、韓国語は聞いた事があります。
だから家の近くの人は韓国語とか、多分聞きなれている言葉です。
★増元さん
テレビの取材の中では松本さんの知人という、おじさんというかな。
近所のおじさんがその現場を見て、その時に朝鮮語を話していたような感じが。
★松本孟さん
そのようです。
★増元さん
そういうあれを受けていたんですが、という事は当時から警察はそれは当然聞きこみ、聞き込みもしていなかったという事ですか?
★松本孟さん
あのね、捜査記録が無いという事です。
★増元さん
ああそうですか。
各地でごまかすにはそう言う手段が。
捜査はしていなかったという事ですよね?
★松本孟さん
一応捜査はしているみたいなんですけど、その辺の詳しい事は警察は言わないんです。
★増元さん
じゃあ、そのおじさんの事情聴取を聞いた可能性もあるという事ですね?
★松本孟さん
まぁ、無かったら捜査にならないでしょうから、それは聞いていると思います。
★増元さん
それでもなお、あの話を聞いたときに、非常に北朝鮮による拉致と言うのを非常に疑うんですがね、僕たちはね。
朝鮮語の言葉をしていたと言うのと、担いで向こうに去っていったと言うのと証言までされているんですから。
そのような証言をもし得ていたとして、何も動かなかったとしたら、何なんなんでしょうね?
普通に聞いてもおかしいと思いますよね?どう考えても。
でも、警察が動かなかったのは何なんでしょう?
★松本孟さん
ちょっとわからないですね。
★増元さん
僕らにも理解が出来ないんですけど。
でもあの本当に・・・
★松本孟さん
あのね、妹原さんがそういう事を聞きに警察行ったとき、多分これは警察OBの方だったらしいんですけど、自分はこの事件の事を知っているんだと。
でもそれは話せないと。
でみんなで、・・・(聞き取れず)しまって、それで終ったと。
★増元さん
それは何年ごろ?
★松本京子さん
妹原さんが救う会の頃でしたから、7〜8年前か、9年くらい前のことですね。
★増元さん
その時すでに警察からそういう話を聞いていたと?
しゃべれないのは多分公務員の守秘義務という事がありますから、しゃべれないんでしょうけれど、今その事は現役なんですか?
★松本孟さん
当時も現役だったかどうか、ちょっとわからないですね。
★増元さん
手記か何か残しておいてくれれば一番いいんですけどね。
その後2003年か4年くらいに金国石でしたか。
松本京子さんを清津の港で見たと言う話もありましたが、直接お会いしましたか?
★松本孟さん
はい、妹原さんと一緒に早速話を聞かせていただきました。
★増元さん
どういった内容でしたか?
★松本孟さん
まぁ、妹の特徴ですね。
妹は身長が155センチから160まで。
それから自分の好きな色、これがいわゆるピンク系の色が非常に好きな、服が多いという事ですね。
それからこれはなにか北朝鮮の方では手術して取るらしいそうですが、ちょうど額の眉間のところにあずきよりちょっと小さいくらいのほくろがあるんです。
これがあったと。
★増元さん
これは松本さんの方から、「こういったものがあるんですが見ましたか?」というふうに言いましたか?
★松本孟さん
それは私の方からは言っていません。
★増元さん
言ってない。
★松本孟さん
言われたら、こういうほくろが、このようなものがあったなとおっしゃった。
★増元さん
何で?どういう立場で清津で京子さんと会う?
★松本京子さん
清津のその軍の中に、何か知っている人がいましたって。
そこで中に一人か二人いたとか何とかで。
★増元さん
軍の大尉か何だったんですよね?
★松本孟さん
そうです。
それで入りやすかったんじゃないでしょうかね?
4回ほど行って、そのうち3回か4回見ている。
★増元さん
それで北朝鮮でもキョウコさんと呼ばれている。
★松本孟さん
そうですね。
★増元さん
キョウコと言うのは日本人の名前だから金国石は非常に不審に思わなかったんでしょうか?
なぜ日本人が?と。
★松本孟さん
それは言っていましたね。
日本人がなぜここにいるの?と。
ただ当時は金国石も日本語は余りちょっと分からなかったようで、多少片言の日本語くらいは分かったんでしょうけど、すべて妹が話すのが分かったようでもなかったようです。
★増元さん
軍関係者に、なぜここに日本人がいるかというのを、聞かなかったんでしょうかね?
★松本孟さん
いや、どうも聞いてないみたいですね。
本なんかを読んでも出てきませんからね。
★増元さん
不自然に思わなかったという事なんでしょうかね?
★松本孟さん
だから何か本人さんは京子を見たときに、北朝鮮の人間でないことだけは分かったらしいです。
ただ、それで非常に興味を持ったというようなお話でしたけどね。
★増元さん
その時にピンク系統の服を着ていたと言う事ですよね?
★松本孟さん
はい、そうですね。
それから編み物を、手袋ですよね。
寒いですから毛糸で編んだような手袋をつけていたと。
非常に北朝鮮人では無いというのは分かったんじゃないでしょうかね?
それで一応興味を持ったんじゃないでしょうかね?
★増元さん
なるほど。
それが2005年くらいですよね?
★松本孟さん
そうですね。
★増元さん
当然ご家族は(京子さんは)北朝鮮にいるというふうに。
★松本孟さん
そうです。
★増元さん
それで特定失踪者の中でもランクの高い1000番台になって、告発をされてずっといらっしゃったわけですが、この間やはり中々日本政府が認定してくれなかったですよね?
2002年の10月の末にクアラルンプールで開かれました日朝交渉、その中で松本京子さんとそれと田中実さん、それから北海道の小住健三さん3人は出しているんですね。
2002年の10月の末ですから、特定失踪者という言葉も何にも無いときです。
その時の10月末の日朝交渉の中で、その中の3人、田中さんと小住さんについてはこちらの方はご存知で、まず間違いないと思われたんですが、松本京子さんをそこでなぜそこで出したのか?
非常に不思議なわけですけど。
で、先日、去年私がワシントンに行った折に、斉木さんと一杯やりながらその話を聞いたんですね。
斉木さん日朝(交渉)の担当者でしたから。
「なぜ松本京子さん入ったんですか?」と聞いたら、「良く分からないです」と言ってるんですね。
で、「じゃあ、どこから聞くように言われたんですか?」と言ったら「多分警察庁だと思いますよ」というふうにおっしゃってます。
だから担当者にもあまり詳しい話をされないまま、当然田中実さん小住健三さんは当然当たり前のように拉致被害者であると私たちは。
松本京子さんはほとんど私たちの情報としてあんまり入ってなかったもんですから、なぜ松本京子さんを上げたのかなぁ?という、あったんですね。
あのときに日本政府は松本さんのところに何か、日朝交渉でこういうふうに聞きましたと報告か何かありましたか?
★松本孟さん
いや、全く無い。
★増元さん
その後の日朝協議、いろいろされてますけど、その後も全然松本家には?
★松本孟さん
全くございません。
★増元さん
何も無い?なるほど。
特定失踪者問題調査会から通じて、ある程度の情報が入ってきた、と言う(感じ)ですね?
★松本孟さん
はい。
・・・その2に続く・・・
東京連続集会24(1)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月19日(金)12時56分56秒
返信・引用
松本京子さん家族の思いを聞く 東京連続集会24
07.1.18 友愛会館にて
『増元照明さんのお話(山崎拓氏と蓮池徹氏の面会についてのコメント) 』
あけましておめでとうございますと、まだ言えるんでしょうか?(笑い声)
あの、昨日の報道の事をまず最初にやりたいと思います。
昨日、蓮池透副代表が山崎拓氏に会ったと。
で、評価したと、日テレそれから毎日新聞に出ましたが、今日蓮池徹氏と副代表と電話で話をしました。
そしてその真意をお伺いしましたけども、その内容はですね。
まず大連、2004年の大連会談、それについて山拓氏にその真意、それから政治信条、どのような気持ちで行ったのか?というのをお伺いしたい。
もうしゃべれるでしょう、と言う意味で以前より会談を申し入れていたそうです。
で、昨日平沢代議士、今は内閣府副大臣ですけども、の仲介で会おうと。
で、開かれたそうですが、行く前には家族会としてではなく蓮池透個人として聞きたいというふうに言って行かれたそうです。
でももうホテルに着いたそこにはカメラが来ていた。
だからほとんど利用されたと言うような気持ちが強いと思います。
その会談の内容で、当然当初大連での会談の内容はどうだったのか?という事を聞いたそうですが、山拓さんたちの話では、一部報道にもありますが、大連の会談の中で「しかるべき人が迎えに行けば子供たちを返す」という話には、私と平沢の二人で話をまとめたというふうに仰ったそうです。
帰国後、じゃあ誰を迎えに行かせるか?
官房長官か外務大臣かと考えていたところ、小泉総理が手を挙げられたということなんですけども。
官邸サイドはそのようには言っておりません。
官邸は、官邸としてあのふたりに関係なく行ったという事を言っておりますが、山崎氏は二人の功績だというふうには言ってます。
で、当然昨日の段階ですから訪朝の問題にも触れますけども、まず、透さんが言っていたのは、
「山崎さんの訪朝を全面否定するものではないですが、政府方針とは違うのではないですか?出来れば政府と一体化して拉致被害者の救出に手をつけて欲しい。」
という事を仰いましたそうです。
「全面否定はしないが」と言ったのが、いつの間にか「評価」と言う言葉に変わる。
非常に微妙な言葉の回しなんですけれど、これは報道の方たちの捉え方の問題でもあるでしょうし、今回のこの取材をしたのが普段拉致問題を取材している社会部の人間ではなくてどうやら政治部の人間であって、拉致に対する理解度が非常に低い方たちがやられたものですが、そこに何らかの意図的なものを私は感じるんです。
今の安倍政権を攻撃する材料にしたいというか、報道の方のそちらの意思がなんとなく見え隠れするようで、非常に残念です。
とにかく蓮池さんはそのように仰って、「全面否定するものではない」という事しか言っていない。
評価するとか何とか言っていないと。
山崎さんに対して「これは本当に売名行為では無いですか?」
さらに「山崎さんの復権のために拉致被害者を利用しているんでは無いですか?」というふうに質問されたそうですが、当然山崎さんは全面否定されました。
さらに今回の訪朝の正当性を持論として話されたそうです。
でも、「それだったらその話を安倍総理と話をつめて、政府一本でやったらどうですか?」と言うふうに申し上げたところ、山拓さんは「すぐには出来ない」というふうに答えられたそうです。
なぜすぐ出来ないのか?
その理由はちょっと透さんにもはっきり分かりませんけども、感触的には山拓さんとしては内閣を余り認めていないようです。
そうではないか?と言う印象を受けたそうです。
今、家族会の訪朝に対する立場も当然理解しているし、それを否定することでもないし異論はない。
ですから「評価をしている」という事は全くの間違いであるということですね。
それからそれでも、「そういう感じの会談だったら山拓さんに利用されたと言うふうに感じられるんじゃないですか?」と言ったんですけど、「全くその通りだ」というふうに蓮池さんも仰っていました。
「蓮池さんの名前で今日こういう集会がありますので、蓮池さんの名前で『利用されてたと感じている』というふうに言ってもいいですか?」といったら「結構です」と仰ったので、蓮池さんはそう仰っています。
山拓さんの今回の訪朝に対してあらゆるところから批判が来ているので、「家族会の一部の人間と会って評価を頂いた」と言う、その山拓さんのプロパガンダに使われたという事では無いでしょうか?
そういった意味で、利用されたという事は軽率だったと謝罪されております。
今後国内でこのような分断工作という事に余り乗らないようにしていただきたいと思いますし、確かに今回メディアがそのような分断を促進されるような報道をされる。
非常に残念でなりません。
社会部の人たちは非常に良く分かってくださっているんですけども、やっぱり政治部の方たちは良く分かってらっしゃいませんですし、どこかで意図的なものを私は感じます。
そこに北朝鮮の工作の・・・〈聞き取れず〉を感じるんですけども、我々国内、家族会は出来ればこれからも、一枚岩とは言いません。
それぞれ考え方がありますから。
ただ、一つの方向性ではやっていきたいと思います。
二元外交では特に山拓さんは、政府では「全被害者の生存」と言う仮定でというふうに仰っていますが、ワイドでもご覧になったように平沢代議士は分からないと仰っていますからね、彼は。
私が、「少なくとも生存していると思いますか?」と言ったら「分からない」と。
分からないけれども、抗議して死んだと仰っていますから。
そんな事を言っている段階ではなくて、日本政府は全被害者の生存を前提に交渉しているわけですし、そんな生存しているかどうか分からないあやふやな人たちが、北朝鮮へ行ってどのような交渉をしようとも有利な交渉にはならないでしょうし、解決にはならないと思います。
平沢さんは山崎派でもありますし、2年ほど前から2002年のちょっと前ですね。
山崎派に入られましたけど、拉致問題に関しては一日の長がある平沢さんのレクチャーを受けている
テレビで仰ったように山崎さんも全被害者の生存を信じているとは、私は思いません。
彼ももう死んでいるというふうに思いながら北朝鮮と交渉をしなければならない。
だからあのような軽率な行動に走るのだと思います。
私たちは被害者をすべて取り戻すために、安倍政権がやっている圧力をすべて支持しておりますし、今後あのような方たちが行って一人二人でお茶を濁されて、それで1年2年が過ぎてしまうようなことになっては、こちらで待っている家族がどんどんどんどん倒れていってしまいます。
特定失踪者100人以上、460人いらっしゃいますけども、そのすべてを早期に解決するために今安倍さんが努力をされているという事。
これを私たちは支持しますし、そのような生死に関してあやふやな曖昧な、しかも北朝鮮の情報をある程度鵜呑みにしている人たちが北に行っていかなる話をすることも、私たちにとっては・・・〈聞き取れず)であろうなと考えています。
というふう、以上です。
この問題に関していろいろと関心の高い方たちがいらしていると思いますので、事前にお話をさせていただきました。
第4回埼玉県民の集い(11)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2007年 1月 1日(月)12時36分8秒
返信・引用
第4回 拉致問題を考える埼玉県民の集い
06.11.19 埼玉会館小ホールにて
『埼玉県内の拉致被害者・特定失踪者家族の訴え』
★飯塚繁雄さん(田口八重子さんの長兄)
私、田口八重子の一番上の兄貴の飯塚繁雄と言います。
先ほど挨拶しましたので次にまわしたいと思います。
私の家内でありまして、八重子の子供・耕一郎を育て上げた飯塚栄子です。(立ち上がって会釈、会場より拍手)
それから地元川口で、この拉致問題地道に活動しております2番目の兄貴の夫婦でございます。
★飯塚進さん(田口八重子さんの次兄)
私、田口八重子の2番目の兄の飯塚進です。
本日は冷たい雨の中をこんなに大勢の方がお集まり頂き、本当にありがとうございます。
日本の経済制裁以上の力が出ると思います。
どうか皆さん、拉致問題に対して高い関心を持っていただいて、ありがとうございます。(拍手)
これからもよろしくお願いします。(拍手)
★飯塚綾子さん(田口八重子さんの義姉)
私、妻の飯塚綾子です。
いつもお世話になっております。
拉致問題に対して、安倍さんが総理になって少しだけ光が見えてきたような気がします。
これからもご支援どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
★井上イトノさん(特定失踪者・井上克美さんの母)
皆さんこんにちは。
私は井上克美の母です。
前橋から来ました。
でも息子は川口に勤めておりましたので、こちらにお世話になっております。
あのみなさんどうか、私も先もあんまり無いものですから、どうぞよろしくご協力お願いいたします。(拍手)
★鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)
私、特定失踪者・鈴木賢の兄でございます。
どうぞ今後ともご支援よろしくお願いいたします。(拍手)
★大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)
こんにちは。
藤田進の従兄弟の大平と申します。
皆様には日頃からお世話になり、またご支援をいただきまして大変ありがとうございます。
失踪して30年経ちますが、彼はまだ日本では20年しか住んでいないんです。
北朝鮮にそれよりも10年多い30年、行きたくもない北朝鮮に住んでおります。
早いこと北朝鮮から日本に連れ戻して、それは拉致被害者全員を連れ戻して、失われた時間を取り戻してあげたいとこのように思っております。(拍手)
これからも皆様のお力添えをいただきまして、この問題を解決していきたいと思っておりますのでよろしくお願いします。(拍手)
★横山木三子さん(特定失踪者・新木章さんの妹)
こんにちは。
新木章の妹の横山木三子でございます。
兄は52年5月の21日に買い物に出たまま帰らず30年経ってしまいました。
来年は60歳を迎えます。
だんだん歳をとってしまいますので、どうか一日も早くこの問題を解決いただきますよう皆様のご協力よろしくお願いいたします。
★セイノユウコさん(特定失踪者・佐々木正和さんの母 ※漢字表記不明)
こんにちは。
佐々木正和の母のセイノユウコです。
桶川から参りました。
よろしくお願いいたします。(拍手)
★大越宏子さん(特定失踪者・江原信明さんの姉)
皆様こんにちは。
白岡町の江原信明の姉の大越と申します。
1988年5月に失踪いたしまして、それから全然、友人知人いろいろ頼りましたが音信がございませんでした。
特定失踪者となりまして、このように皆さんの前でお話させていただくことが出来ました。
どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
★佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)
皆様こんにちは。
私佐々木悦子の母、佐々木アイ子と申します。
皆様にはいつも署名やらいろいろとお世話になっております。
ありがとうございます。
うちの娘の場合も北の方で目撃情報がありまして、でもなかなかちゃんとしたあれがないもので、認定と言うほどの認定は出来ないんですけども、拉致濃厚という事で私も一応一生懸命頑張っております。
皆様、これからもよろしくお願いいたします。(拍手)
※司会 比羅岡氏(飯塚耕一郎さん主人公の漫画、「母が拉致されたとき、僕はまだ1歳だった」の紹介を飯塚繁雄さんに促す)
★飯塚繁雄さん(田口八重子さんの長兄)
前に私「妹」と言う本を出して皆様にご愛読いただきまして、ありがとうございます。
その後ですね、耕一郎が長年育った環境からこの事件を知り、さらに養子であったという事も知り、その大きなショックをですね。
胸に秘めながら描いたと言う本でございます。
漫画になっておりますので、皆さんにも分かりやすくなっておりますけども。
まずその大韓航空機の事件と言うのは、当然知っている人は知っているんですけどまだまだ少なくてですね。
もうちょっと皆さんに広めて理解していただこうと言う、そういった出だしから描いております。
やはり若い人たちにもっともっとこう言う問題を理解していただきまして、20代・30代・40代の方々にも一緒になってこの日本をすくうべく、戦いに参加していただこうという大きな悩みもあります。
それと、やっぱりこの問題はかなり時間がかかっていますけども、絶対に風化させてはならないということでは、たびたびこういった本ですとか集会ですとか、こういうものをつなげながらですね。
是非日本中に広めて強いメッセージを、もちろん日本政府はあるいは当然ながら北朝鮮に突きつけていこうと言う狙いで、出しましたんですけども。
是非お暇があったら書店でお求めください。
以上です。(拍手)
※司会 比羅岡氏(今回初めて登壇された家族に、もう一度訴えるように促す)
★セイノユウコさん(特定失踪者・佐々木正和さんの母)
すみませんです。
よろしくお願いします。
親子で離れて暮らしていたものですから、62年の11月に宮原のアパートからいなくなって、大家さんから電話があって初めて知りました。
1週間くらい前に「ちょっと出掛けてくるから」と家を出てそのまま帰ってこないみたいなんです。
警察にすぐ届けましたけども、そのままずっと何の音沙汰もありません。
すみません、よろしくお願いいたします。
★大越宏子さん
(司会より、お父様の体調がすぐれないとの紹介があったあと)
一人で弟の帰りを待っている父のためにも、皆さんの関心を寄せていただいていただく事が一番の解決の鍵になると思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
・・・・・・・・・・・・・
この後、藤井秀亮さんによるオリジナル曲「翼」の披露と、会場全員による「故郷」の合唱。
・・・集会終了・・・
第4回埼玉県民の集い(10)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2006年12月30日(土)20時37分0秒
返信・引用
第4回 拉致問題を考える埼玉県民の集い
06.11.19 埼玉会館小ホールにて
『横田滋 家族会代表の訴え』
埼玉の皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声)
私は昭和52年の11月15日、新潟市の寄居中学校を下校途中に自宅のすぐ近くで北朝鮮の工作員に拉致された、横田めぐみの父で横田滋と申します。
11月の15日でめぐみがいなくなってから29年が経過しました。
そして中学1年生で13歳だったのが、今年の10月5日でもう42歳になっております。
如何に長い間解決に手間取っているかという事がお分かりだと思います。
先ほどいろんな講師の方が、それから代議士の方がお話になっていますが、北朝鮮側は拉致問題は解決済みだと未だに言い続けております。
生きている人は家族を含めて全部返した。
それ以外の人は8人の人は全部死亡している。
それから曽我さんのお母さんと3人は入国の事実がなかったと言っております。
しかし第2回の小泉総理の再訪朝の際、総理は「そんなことでは日本人はとても納得しない、総理自身も納得できない」という事で再調査の約束を取り付けました。
しかし特に期限を設けなかったものですから何も北朝鮮はしなかったですけど、平成16年の8月に第1回実務者協議が行なわれて、その時に北朝鮮は調査委員会を作るという事を約束しました。
9月になってほんの少しだけ情報が提供されまして、それはめぐみが93年3月に死亡したと当初発表したんですが。
しかし蓮池さん・地村さんの子供さんが帰って来たことによって自由に話せるようになり、めぐみさんとは94年まで一緒だったというような発言をしてそれが新聞に載ったわけです。
それで北朝鮮はそれに合わせるようにして、93年3月は勘違いで94年4月が正当だということを言ってきました。
そして決定的なのは3回目の11月に開かれた実務者協議のときで、北朝鮮側はめぐみのものについてはいろいろな資料を提供してきまして、学校に入ったときの生徒証、入退院を繰り返したという事で非常に分厚いカルテのコピーとかそれから自筆のメモ、これは新潟市の住所・父親の勤務先それから家族の名前・年齢なんかが書いてあります。
早紀江の年齢だけが一つずれているという事は、2月になりますと早紀江が最初に誕生日を迎えますのでそこで一つ増えて、そして8月には弟が誕生日を迎えますので、私は増えてないので拉致されて半年くらいのうちに作られたものだと思います。
それからおそらくそのときのものだと思いますが、不安そうな顔をしためぐみの写真とそれから大人になったときのきちんとした身なりをしたベンツの横に立っているというような写真も出てきました。
しかし何といっても決定的なものは、白いテーブルクロスのようなものに包まれためぐみの遺骨と言うものが提供しました。
それはめぐみの夫であるキム・チョルジュンさんと言う人が、娘のキム・ヘギョンさん、今はウンギョンさんと言っていますがそのときはまだキム・ヘギョンさんを連れてきて、そして「これは自分が規則を破って病院の共同墓地から遺体を持ち帰って火葬した。その骨を自分の自宅に大事に保管して、特別それをみていたんだ」と言って骨を持って来たわけです。
そしてそれを外務省の方が受け取って持ってきてくださったんですけど、しかしそれが本物かどうか?と言うのは分かりませんので。
それと受け取ったときに警察庁の方も一緒に行きましたが、石ころが入っていたとか見つかっていますから、その辺のところだけは検分していると言うか確認して持って帰ったわけです。
それを新潟県警が、めぐみのことは新潟県警ですから裁判所の許可を取って証拠品として押収して、その鑑定をしました。
我々が心配しましたのは、もしこれが高温で焼かれて鑑定不能と出た場合に、
「これは夫が大事に保管したもので絶対に間違いがないんだ。しかし科学的には証明できないけど、めぐみのものに間違いは無いんだ。こんな不安そうな顔をしている子供をわが国で立派に育てて一人前の人にして、ベンツにも乗れるような身分になったけど、体が弱くて自殺をしたんだと、これで納得してくれ。」
と言われた場合に科学的に反論する材料がないわけです。
しかし帝京大学の非常に優れた技術によって別人のものと判明しました。
それが判明したのが11月の8日です。
それで私たちはこんな不誠実をする北朝鮮には経済制裁を、ということで政府に要請をしました。
そして翌12月9日に超党派の国会議員で作っています「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出する議員連盟」と言うのがありますが、そちらの席で外務省に説明して拉致議連も経済制裁をと決議したほかに、先ほど誰かさんが仰いましたように、これを救出するためには北朝鮮の政権を倒さなければ駄目だと、こういう事もその声明の中に入っております。
それから10日の自民党の拉致対策本部、それと衆参両院にあります拉致特別委員会でも制裁の決議をしておりますが、小泉総理は対話の窓口が途絶えるという事で制裁には踏み切っておりません。
そしてそれ以外の人のものも含めて12月24日に全体の向こうから提供された品物の精査が終りましたので、それを各家族に通知をしたうえで、当時の官房長官の細田さんが「北朝鮮が速やかに誠意ある対応をしなければ日本としては厳しい対応を取らざるを得ない」と、経済制裁の予告のような発言をなさっております。
しかし、北朝鮮側は「日本の鑑定は捏造だ、遺骨を返せ」とかと言うだけで全く進展もありません。
それでずっと1年以上何もなかったわけですけど、今年の2月には今度は日朝の平行協議と言うのが開かれました。
これまでは拉致の問題を北と協議しますと北朝鮮側は追及される一方なんですけど、しかしこのときは核とかミサイルの問題、それと戦争中の補償問題等も平行的に話し合う。
しかし一時的に補償問題が先に進んでも、拉致が解決しなければ妥協は無いと通知されていますし、日本はその政策を採っているという事も日本国民にも発表しています。
しかし北朝鮮側はそれに対して最後はこれは解決済みの問題だという事で具体的には全く何の動きもありません。
次回いつ開くという事も決まっておりません。
そしてこのときに代表の梅田参事官から会議の報告を頂いたんですが、しかしそのときは何の進展もなかったという報告のほかに、個人的な感じという事で3つのことを仰いました。
ひとつは日本の世論を非常に気にしているという事です。
その一例としてちょうどその時に新潟市でめぐみの写真展をやっていました。
そしてその写真展について新潟は一番被害者が多い県ですから、これは認定された人だけのことなんですけど、非常に関心の高い県なんです。
「そういうところでも写真展では2000名の人しか来なかったそうですね」という事を言ったので、梅田さんが「私もそこの展覧会には見に行ったけど超満員でしたよ。誰がそんないい加減な報告をしたのか知らないけど実際は2万5千人来たんだ」という事を説明して、その時貰ったリーフレットなんかを渡して来たんだそうですけど、そんな日本のデパートで開かれている写真展の入場者数までもちゃんとチェックしている。
そして上に報告を上げるときは、自分の一存で報告しているようですけど、そんなことまで気にしているという事ですか。
それからもう一つは国際化という事を恐れているという事で、昔は拉致と言うとレバノンの人はもう解決済みですけど、日本と韓国しか実質的にはいなかったんですけど、しかしジェンキンスさんがお書きになった本の中で、アメリカ人と結婚した例えばタイ人とかそれからマカオの人とかいろんな国の人、今では東南アジア・ヨーロッパ等を含めて12ヶ国の人が拉致されています。
ですからそうした非常に国際的な包囲網が強まってきて、国連でも北朝鮮に対して非常に厳しい提案が採決されることになりましたし、それからサミットの席でも拉致の問題が取り上げられる。
ASEANの会議でもやっぱり北朝鮮が非難されると、非常に国際的な圧力が高まってきている事を恐れていると。
それと3番目には、その当時はまだ日本も経済制裁をしてませんけど、アメリカの金融制裁が非常に効いてそれで資金が凍結されて経済的に行き詰っているという事を仰っていましたから、その制裁と言うのは強化されて来ておりますから、もっともっと困窮していると思います。
そしてですからこのまま何もしなければ自滅の道を歩く。
そうでなければやっぱり、核や拉致問題を解決してそして国際的に歩み寄ってきて、そして食糧援助を受けるとか金融の援助を受けるという、ならざるを得ないと思いますので。
最近は非常に政府もなんと言いますか、北朝鮮に対して厳しい政策を採りましてミサイルを発射したらその日のうちに、お昼ごろには船(=万景峰号)を止めるって言う事を決めました。
それから核の実験がされたときにも、やはり制裁を強化と言うことで非常に熱心にやってくださっていますので、その効果が必ず出て来るんだと思います。
ミサイルが出たときに、ちょうどその日に万景峰号が入港していたんですけど、それで新潟県の県議の方から埼玉県の先ほど言った県議会議員の全国協議会と言うのがありまして、その事務局は埼玉県が担当しています。
それで新潟から埼玉に連絡があって、埼玉県の議長さんがすぐ文案を作って、政府が発表する前に「国民の意思として制裁をしてほしい」と言う依頼を提出してくださると、地方議員の方も非常に一生懸命やってくださっております。
それと今年の5月の始めに、めぐみの夫がキム・チュルジュンという北朝鮮の人だと言われていましたんですが、しかし1977年78年に韓国の海岸から拉致された5人の高校生のうちの一人であるらしい、と言う情報が入ってそしてその5人の方のお母さんから血液とか口の粘膜を提供を受けて。
キム・ヘギョンさんのはすでにめぐみと親子関係を証明するためにDNA鑑定は終っていますので、それを調べた結果金英男さんのお母さんとキム・ヘギョンさんが肉親関係にあると高い確率で鑑定されたわけで、同じ鑑定をソウル大学でやったんですけど同じ結果が出ております。
そしてその事が分かるとお母さんとお姉さんが北朝鮮へ行って対面をしたわけです。
しかし予想されたように金英男さんは、「自分がキャンプに行っているときに船の中で寝ていたらそのボートが流されて北朝鮮に救助された。そして医療制度とか教育制度が非常に充実しているので自分の意思で残ったんだ」と言うような事を言っていて。
めぐみのこともはっきりと死んだとは言わないで、「死んだようだ」と言うような事を言っていました。
そして向こうに行ったお姉さんやお母さんが戻ってきて会見をしていますけど、やっぱりお姉さんも「弟の言う事を信じるしかない」と、「弟のいう事が正しい」とは言わなかったんですけど「信じる他は無い」っていう事ですけど。
北朝鮮にいる限りは本当の事は言えないわけですけど、少し悲しい情報が来ております。
そして韓国では拉致の問題が新聞の一面を飾る事は全然なかったそうですけど、それをきっかけに一面に大きく載るようになりまして、私たちが5月の中旬にお母さんに会いに行ったとき、こういった会場で面会したんですけどそのときは報道陣だけでも300人の方が来るほど関心が高まっております。
しかし政府はやっぱり離散家族を抱えていますので、拉致の事を追及して離散家族の再会なんかが出来なくなると困るという事で、余り熱心ではないわけです。
そしてその時感じたのは韓国と日本で一番大きな違いは、韓国は朝鮮戦争のときに拉致された人が1万4千人くらい。
この人たちは非常に高齢ですから中にはほとんど亡くなっているかもしれません。
日本と同じように拉致された人は480人くらいおられるわけです。
そしてその人たちは交渉で帰って来た人はひとりもいませんけど、一部脱北して逃げ帰った人はいます。
そしてですから家族会と言うのは非常に人数は多いんですけど、日本で言う救う会と言うのが一つもないんです。
ですから辛光洙がミレニアム恩赦で北朝鮮に帰るときに、抗議活動はしていますけどそれ以外ではほとんどこういった形で世間に訴えるという事が行われていないわけなんです。
家族会だけだったら日本でも同じような形だったと思いますし、しかし当時ひとつだけ支援団体が出来たわけなんです。
ちょうどめぐみの事が明らかになったときには新潟に支援団体が一つだけできて、それがその時の秋になって先ほど佐藤さんのお話にありましたように東京に支援団体が出来て、それがだんだん発展的に東京って言っていたのがそれが埼玉の会とか千葉の会・神奈川の会というふうに分かれて大きくなって今は全国に救う会が出来て、そしてそれがこういった集会を開いて国民世論を高めて、その結果が現在きているという事なんです。
ですから日本だと国民世論が盛り上がらないと言うと、例えば国会が昭和63年に取り上げられたときでも新聞が報じなかったわけですから、それからテレビの中継もありませんでした。
そんな事があるって事は知らない世間だったわけです。
ですから政府とか議会関係者は知っていても、一般世論が知らなければ救出運動は起きませんし、家族の人も黙っていたから、ほとんどの人が拉致があると知ったのはめぐみの事が取り上げられた平成9年2月のことなんです。
そしてその後変わって来たんですけど、如何に皆さんが関心を持ってくださるか?という事が解決のための大きな力となっているわけです。
そして政府の認定と言うのは今のところ16人で、明日松本京子さんと言う方が追加で認定されると言ういふうに、それは官房長官が仰っていますから、それは間違いなく認定されると思います。
私は鳥取に行ったときに松本さんのお母さんに会いましたけど、もう今は83歳とか言っていますけど、松本京子さんと言う方はお母さんの作った漬物があればご飯のあとのおかずが要らなかったという子供だったと、お母さんは仰られていました。
それで秋になったら漬物を作るんですけど、秋になったら浅漬けみたいのを作って、それから後のやつは干し方を少なくして塩を少なくしてと言うものですから、それは発酵してしまいますから夏まで持ちませんですし。
いろんなのを作っていつ返ってきてもおいしいたくあんが食べられるようにといって、やっぱり親の気持ちと言うのは同じことです。
子供を思う気持ちは同じです。
そして今日お見えになっている(特定失踪者の)皆さんも、今の段階では政府の認定という事は行われていませんけど、やはりそういったことも一日も早く認定される。
これ認定されるという事自体が目的では無いんですけど、やはり政府間の交渉では認定している人はどうしても相手方に強くいえますけど、そうでなければ松本京子さんの場合でも平成14年小泉総理が訪朝した直後の10月のクアラルンプールで開かれた会のときでも、「こういう人もいるはずだ」とか言いますけど、やはり認定されていませんと向こうは当然「そんな人は入っていない」と言うようなことで進展しないので、そういう点では解決のためには一日も早く認定が進めばいいと思っております。
ですから皆様方がこうやって関心を持ってくださるという事が政府を動かして進展して行きますので、現在死亡または入国していないという人以外にも埼玉県だけでも且つ名乗り上げた人だけでもこれだけいるんですから、全国的には相当大勢の方がいらっしゃいます。
そういった方々を救うためにもぜひ皆様方が拉致問題に関心を持って見守ってくださる事が、助けるための唯一の方法だと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
第4回埼玉県民の集い(9)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2006年12月20日(水)15時45分52秒
返信・引用
第4回 拉致問題を考える埼玉県民の集い
06.11.19 埼玉会館小ホールにて
『鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の挨拶』
こんにちは。(「こんにちは」の声)
はじめまして。
私拉致問題を考える川口の会の鈴木と申します。
現在拉致被害者救出については、明かりの見えないトンネルを手探りで出口を求めているというような状況下にありますが、いかなる状況下にありましても終始「北朝鮮に拉致された被害者を救出しよう」と、この言葉には私ども家族の胸を打ち、お力添え・ご支援をいただきますことには、精神的な大きな支柱となっておりまして大変ありがたいことと、本日お休みにも関わらずご参加いただきました会場の皆様、このような場をご準備いただきました埼玉救う会の皆様に心よりお礼を申し上げます。
日頃のご支援、ありがとうございます。(拍手)
川口の会の立ち上げにつきましては、田口八重子さんの実家の地元、町内会からの発信でございまして、田口八重子さんのご家族と行政からの支持・支援を得て、「田口八重子さんを救う市民の会」として発足し、その後本籍・住居・勤務先等川口市と大変関わりの深い特定失踪者家族が加わりまして、家族・市民・行政と三位一体となった会の特徴から「拉致問題を考える川口の会」としてスタートし、署名・アピールあるいは陳情等の広報活動を行ないながら現在に至っております。
一例としましては私ども2003年、4年、5年と3回に亘りまして24万人分の署名簿を官邸・内閣府に提出をしてきましたが、2004年には行政のトップが、先ほどお話いただいた、こちらにもおられます飯塚繁雄さんはじめ私どもの家族・支援者と共に首相官邸に赴き署名簿を直接手渡し、その当時の内閣閣僚・政党のトップとお会いしまして、拉致被害者の早期救出・拉致問題の解決について訴えていただき、強くアピールをしていただきました。
その時私の脳裏に今でも刻み込まれているコメントとしまして、ひとつに「拉致被害者は必ず救出する」
ひとつに「家族と共に戦う」とこのように言っていただいたのは、ご自身の決意を表明されたのは当時の安倍自民党幹事長でございました。
私どもそれ以来皆様のご支援を得て救出活動を続けておりますが、さらに国民の声を大にして世論の盛り上がりとして、安倍政権を後押ししていきたいと思っております。
一方では拉致事件はいまや国際的にも認知されて、いろんな動きが出てきておりますが、何といっても現在核問題が大きな焦点となっております。
先ほど佐藤会長の方からもお話がございましたが、拉致・ミサイル・核とわが国はとんでもない大きな課題を今背負っております。
私考えますのに、拉致被害者の救出という事についてはまだまだ遠い先に長い年月を要するんじゃないか?というふうに考えております。
がしかし、拉致事件を未解決にして次の世代に先送りする事は絶対に出来ません。(拍手)
なんとしても我々の世代で拉致問題を解決せねばならないと思っております。
この拉致事件を解決できないとなった場合には、未来永劫末代に亘って国の大きな汚点として屈辱を背負いながら後悔をしなければならないと思っております。
どうか皆様にも更なるご支援をいただきまして、救出活動を加速していきたいと思っております。
本日はありがとうございました。(拍手)
第4回埼玉県民の集い(8)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2006年12月18日(月)09時56分7秒
返信・引用
第4回 拉致問題を考える埼玉県民の集い
06.11.19 埼玉会館小ホールにて
『佐藤勝巳 救う会会長の講演 その2』
〜〜正念場を迎えた拉致問題〜〜
アメリカの対北朝鮮政策は失敗とまでは行かないけども、核を放棄させるのとは正反対の核実験が出来る能力を金正日政権に与えたんです。
ということが、日本や韓国や台湾に考え方が生まれてくると、認識が発生してくると本当にアメリカの対北朝鮮政策を信用していいのかどうか?という極めて難しい問題が発生して来た訳です。
その表れの一つが中川昭一さんの「核議論はあっても良い」と言う問題提起です。
私は、後で北京の話をしますけど、あのアメリカ政府の動きを見ておって、初めてアメリカが北朝鮮の核問題に本気になったなと。
それまでは率直に申し上げますけど、ちゃらんぽらんといい加減なものです。
いや、そういう言い方をすると誤解を受けるから正確な言い方をしますが、アメリカはアメリカの国益に基づいて世界政策をやっているんです。
アメリカの国益、アメリカの認識と言うのは中東です。
だからアフガニスタンに、イラクに、そして今はイランに、という事です。
これはアメリカの世界戦略・国益から考えて、そうなっているのは当たり前のことです。
北朝鮮の金正日なんていうのは、人口高々2200万。
そんなものが少々核なんか持ったってたいした事は出来ない。
第一アメリカに届くミサイルは無いんです。
アラスカに届くミサイルも無いんです。
せいぜい届くのは1300キロですから、4000とか7000とか言うふうに飛ぶミサイルは無い。
アメリカの安全保障にとって北の核開発はそれほど怖いことでは無いんです。
ですから適当に付き合っていた。
もう一つ、中国です。
中国はアメリカの政権よりもさらにいい加減な付き合い方を北とやって来た訳です。
あるいは北の核を利用して、自分がアジアにおける覇権を握りたいという態度を一貫して取り続けてきました。
ところが7月、北がミサイル実験をやる。
明らかになったわけです。
これは、誰かは分かりませんよ?
誰か分かりませんけど、多分私の推定では唐家センだろうと推測しているんですが、表面に出ない北と中国とのやり取りで「ミサイル実験は止めたほうがいい」
これは北朝鮮の方は、「我が方の自主権に基づく軍事演習である。中国からあれこれ言われる筋合いのものではない」
「そうか、やれるものならやってみろ!」
こういう会話が交わされた。
結果、7月5日、どか〜んと7発やったわけです。
で、次は核実験だ。
中国側は「やめろ」と、「そんなことをしたら大変なことになる」と、再三再四、公式非公式に北朝鮮に圧力をかけた。
全部蹴飛ばして核実験をやったんです。
いや、具体的に申しますと7月の5日にミサイルを発射して、中国は何をやったか?と言うと7月末には瀋陽軍区。
これ、30万の軍隊を持っているんです。
中国東北の瀋陽に本部を置く。
これの主力精鋭部隊と北京軍区の主力精鋭部隊の合同で北朝鮮国境で大規模な軍事演習を始めたんです。
その中身はミサイル部隊と戦車部隊です。
これが大々的に動き出した。
7月末です。
いつもの日本の新聞では、それが北朝鮮からの脱北者を阻止するための演習という形で報道をされております。
そうではないんです。
今度は済南軍区。
山東半島の鼻先と平壌と言うのは、あれは200キロを切るんです。
間に海はありますけども、その山東半島の鼻先で済南軍部が大規模な軍事演習を始めた。
と言うようなことで具体的には圧力をかけているわけです。
にも拘らず核実験が強行された。
で、大変面白い紹介記事がありますので紹介しておきます。
産経新聞11月4日付、ここに次のようなやり取りが紹介されています。
唐家センが二人の外務次官を引き連れて平壌に乗り込んだのは10月の19日です。
このときのやり取りです。
唐家センは厳しい口調で「国際社会の反発は絶大だ、我々も同様だ、いかなる理由でも核実験は正当化できない、再度実験したらどのような結果を招くか考えるべきだ。」
金総書記はしばらく言葉を失った。
「現時点では再実験の予定は無いと思います。」
という会談の中身が紹介されました。
今店頭で販売されている週刊文春は、この同じやり取りを次のように紹介してます。
「国連決議によって武力制裁を含む、制裁を含む内容が決定されるような事態になったとしても、わが国には軍事的には協力できない。」
ご案内のように1961年、北朝鮮と中国の間には軍事条約が締結されています。
第2条は締約国の片方が攻撃を受けた場合には自動的に参戦する、いうのが第2条です。
この軍事同盟があるにも拘らず、国連決議で武力を含む制裁が行なわれた場合は、中国は北朝鮮に協力はできないと言う通告をした。
で、今読み上げた産経の中身でこの文春の中身と言うのは表現は違うんですが、基本的には全く同じ事を言っているんです。
なぜ中国はかくも激しく北朝鮮のミサイルと核実験に反発をしているのか?
これ軍事の面だけでは無いです。
ちょっと時間が無いものですからあまり詳しく触れる事が出来ないんですが、中国と北朝鮮の防衛の動脈は中国側は丹東、北朝鮮側は新義州です。
緑鴨江の河口ですよね。
この丹東で何が起きたか?
国連決議の3日前です。
中国には国営の4大銀行があって合弁銀行があって、5つ外為を扱っている銀行がある。
この5つの丹東にある銀行の支店がいっせいに北朝鮮の外貨の送金停止をかけた。
だから中国から今北朝鮮に外貨を送金する方法は無いんです。
中国側が国連決議の3日前、10月の13日に一斉に止めました。
それから丹東のもう少し海に近いところに東の港と書いて東港と言う港がある。
この港が実は北朝鮮と中国の密貿易の本拠地です。
密貿易をやってる船が200隻くらいあるんです。
今まではこの船に中国側は食料だとか生活必需品とかそういうものを乗っけて、北朝鮮に税関を通さないで物を売っておった。
北朝鮮はどういうものを密貿易したか?と言えば、偽ドル・偽タバコなどなどを中国側に売っておったんです。
北朝鮮貿易商社は金正日直属の39号室が持っている貿易会社。
軍が持っている貿易会社です。
ここが税関を通さないで密貿易でお金を稼いでいると。
200隻ですよ?密貿易船。
洋上で取引をする。
北朝鮮の陸地で取引をする。
それで軍と金正日の資金をまかなって来た。
それに対して中国は東港を・・・(聞き取れず)を立てて閉鎖してしまったんです。
つまり金正日と北朝鮮の軍の・・・(聞き取れず)を具体的に港の使用を禁止すると言う措置で動き出したんです。
それから今まで北の軍が金儲けするのに何をやっていたか?
中国の税関職員に賄賂を渡して、中身は金だ。
延べ棒です、金の。
なのに銅と偽る。
手数料を10分の1くらいにして中国に持ち出して、そこで売り飛ばして物凄い収入を得ておった。
中国の当局は全部それを知っていますから、国連の制裁が発動されると通常の輸出、必要な書類を提出しろ。
で、提出していく。
現物を全部チェックを始めたわけです。
今までのようなインチキは全く出来ない。
このお金も実は金正日と軍に入っていた。
全部それを止めているんです、今。
だから軍事力で圧力をかけるというだけではなくて、具体的に貿易と言う側面で。
例えば北朝鮮で必要な石油の90%は、中国が供給しているんです。
貿易統計を見ましたところ、9月、中国からの重油はゼロです。
と言う形で本格的に金正日締め上げに入った。
これはジェスチャーや伊達や酔狂で出来ることではないんです。
じゃあなぜ北京がそのように、今までと180度変えた。
つまり劇的な変化、ワシントンではこれを劇的な変化と呼んでおります。
なぜ起きたのか?いう事です。
今客観的にこういう事がおきているんですね。
つまり中川昭一発言を契機にして日本に、いや東アジアに第2の核ドミノが起きる。
第一には中国が核実験をしたのは1964年です。
その核実験を見て中国と対立しているインドが核開発に踏み切った。
ところがインドと対立しているパキスタンがそれを見てまた核開発をスタートさせた。
これがアジアにおける第一次核ドミノです。
インドとパキスタンは核拡散防止条約に加盟を致しておりませんから、全くフリーです。
今度中国が北朝鮮の核を認めたら、日本・韓国・台湾が相互抑止という事で核開発に踏み切る。
いう懸念を北京は持ったわけです。
相互抑止とはどういう事か?と申しますと、第二次世界大戦後アメリカとソ連、地球上の人類を何度も殺戮できる破壊力を所有しておった。
だから片方が使ったら片方がやられる。
従って使う事ができなかった相互抑止、恐怖の平和が第二次世界大戦後ずっと維持されて来たというのが、いわば国際政治用語では相互抑止。
それを北朝鮮と日本との間、韓国と北の間で作り出さなければ自国の平和が維持できない、と言う状況が起きてきました。
そこでそうなったらどういう事になるか?と申しますと、中国をめぐって北朝鮮・韓国・日本・台湾が核で包囲される。
こういう事が北京政府にとっては懸念をされました。
従って金正日政権を倒すか、第2の核ドミノを引き起こすのか、いう厳しい選択を迫られている。
迫られているのが今の中国です。
従ってこれからどういう形であの北の政権を縛り上げていくのか?という事が、大きな課題になってきております。
で、ここから先は私の想像です、推測です。
アメリカと中国との間では軍事境界線は動かさない。
しかし、今の金正日政権についてはどのような措置をとっても、と言う合意が成立しているのではないか?と思います。
そこで、司会の方からそろそろまとめろと言うメモが来ましたけど(笑い声)、まとめますが、冒頭申し上げたように拉致の問題、これは残念ながら独自解決と言うのは非常に難しい。
核とミサイルで全部連動している、いう事でこれからです。
アメリカ・日本・中国が北の政権に対してどういう制裁を行うか?
どういう締め上げをしてカタをつけるか?といういわば秒読み段階に入ってきている。
言うふうに私は今の情勢を捉えております。
従って拉致の救出と言う点においては好ましい状況が出現している。
しかし、お集まりの皆さん・日本の国民の皆さんが断固として日本政府に「拉致を解決しろ、北朝鮮の政府政権を追い込まなければ拉致は解決しないよ」と言う声を上げていただかなければ、安倍さんがどんなに一人で拉致を解決するなんて言ったって、国民の支持がなかったらそれは難しいです。
実際拉致の問題は多くの国民に理解をいただきましたが、しかし尚、・・・(聞き取れず)にはいりますと、本当に拉致が今私が申し上げたような拉致を含めて北朝鮮との関係が死活の問題になっている。
そういうような理解はまだまだ行き届いていないと思います。
ぜひとも皆さん方のお力で拉致の解決にご協力いただければと思います。
以上で私の話は終ります。(拍手)
第4回埼玉県民の集い(7)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2006年12月16日(土)21時07分38秒
返信・引用
第4回 拉致問題を考える埼玉県民の集い
06.11.19 埼玉会館小ホールにて
『佐藤勝巳 救う会会長の講演 その1』
〜〜正念場を迎えた拉致問題〜〜
ご紹介をいただきました、全国協議会の佐藤でございます。
与えられた時間は40分ということですから、今のところ私が大切だとこれが問題だろうと、言う事を中心に話をさせていただきます。
現在埼玉県を含めまして拉致救出の組織は約40県に出来ております。
運動を始めまして10年目に入りました。
先月10月で丸9年、これから10年目に入ったわけです。
全国協議会の主たる救出運動の中身は、政府が全く救出をやらない。
自国の国民が北朝鮮に拉致をされているということが分かっているにも拘らず、積極的な運動をやらないのはおかしい。
「政府が自国民の生命・財産・安全を守るために先頭に立つべきである」という事が、実は全国協議会の運動の具体的中身でした。
政府が運動に立ち上がるべきだという署名は全国で約550万名集めました。
国民の強力なご支援があった結果です。
来賓の方々から挨拶がありましたように、安倍政権が出来まして総理大臣が本部長に就任をする。
官房長官が拉致担当の国務大臣を務める。
それから拉致問題に最も理解があり力を持っている元内閣参与・中山恭子さんが、首相補佐官として事務局長として就任を致しました。
全閣僚が本部員という事になって、強力な拉致救出の布陣が敷かれたわけです。
ですから私たちが丸9年間、「政府が先頭に立って拉致の救出をしなさい」と言う要求はほとんど通ったわけです、100%。
で、後はどうやって拉致されている日本人を北朝鮮から救出をするか?
どうやってするのか?
もちろん政府がやるわけです。
今は政府は紹介しましたように強力な布陣をひいておりますから、それなら日本政府だけの力で拉致を救出する事が可能なのか?いう事になります。
それは率直に申し上げてかなり難しい、いう状況に立ち至っております。
これはあくまでも私、佐藤個人の分析ですが、かつて蓮池・地村・曽我、この拉致された日本人5人が帰ってきました。
そして遅れて家族も帰ってきました。
このような中間的な解決は今後有り得ないだろうと考えております。
じゃあ、どうやったら解決をするのか?という事ですが、金正日政権が、あるいは金正日が変わらなければ拉致の解決は難しいと言うのが私の分析です。
なぜか?と申しますと、理由が日本の側にもありますし北朝鮮の側にもございます。
まず北朝鮮側の事情です。
それは5人を返した、日本に。
生存していると彼らが言ったわけですから、じゃあ返しなさいよという事で返した。
家族も返した。
北の判断としては、これで日本の救出運動は停滞するであろう・終るであろうと、その考え方の一環として横田めぐみさんの偽の骨を出して来る。
その考え方の一環として死亡診断書を出してくる。
いうインチキをやったわけです。
ところが運動もそうですし日本の政府もそうですけど、そのようなものをいろいろ精査した結果、全部でたらめだという事を逆に北朝鮮に突きつけて撤回をさせるという事になったわけです。
話を元へ戻しますと、もし中間的な解決をやったらより運動は広がっていく。
つまり自らが一歩後退する事は、日本側の世論・日本政府が二歩三歩前進してくることである。
この考え方が北朝鮮の軍を中心にして広く支配をしております。
従って拉致問題は解決をしたんだと、生きているという人間はすべて返したと、後はもう全部死亡しているんだから解決なんだ、と言うのが北朝鮮の主張です。
もう少し端的に申し上げますと、死亡診断書なんか全部でたらめで、私たちは全部生きていると考えていますから、その死んだという人たちが、実は良く調べてみたら生きておった。
で、日本に返す。
北のいう事なんか一切信用できない。
全部生きているんだ。
いう事でより運動は、世論は、盛り上がって行く事はこれは火を見るより明らかです。
それは北朝鮮の側から見ると、単に拉致問題だけではない。
核の問題やミサイルの問題についても同じ事が起きてくる可能性がある。
従って後退は絶対に許されない。
こういうのが、彼らは間違っているんですけど、彼らの考え方です。
日本側です。
比較的これは余り知られていないことなんですが、日本の拉致・北朝鮮政策と言うのは3点セットになっております。
核・ミサイル・拉致、これの3つが解決しない限り国交正常化はありえない。
ですから別の言い方をしますと、核問題は解決した。
そんなことはありえないと思うんですが、解決した。
だけど拉致の問題は解決しない。
この場合に日本は、核が解決したから正常化交渉に入るか?有り得ないです。
拉致の問題が解決しない限り、ミサイルも解決しない限り、日本側は正常化交渉に入ってお金を出すという事は構造的に政策としてなっておりません。
つまり3点セットになっています。
拉致が部分的に、あるいは2人とか3人、何かの都合で返して寄こした。
それがあれば正常化交渉に入れるのか?
そんな事はありません。
正常化交渉に入ればお金が動きます。
どんなに低く見積もっても1兆円の金が日本から北に動きます。
若干の拉致の問題・人間が帰ってきたら、しかしながら核は開発している。
そこに日本側が1兆円の金をつぎ込んだという事は、これは6者協議の経緯から言っても、あるいは日米関係から言っても、東アジアの平和と安定と言う観点から言っても、日本がお金を出すなどという事は論理的にも実際にも有り得ないことです。
ですから解決するときにはこの3つが、核・ミサイル・拉致が同時解決、言う構造になってます。
したがって拉致の問題と言うのは、そういう意味では部分解決、これは可能性としてはもちろんありますけど、かつてのような解決が期待出来るような状況には無いという事です。
そこで、じゃあどうしたら解決できるのか?いう事になります。
ここから先が実は今、大変な状況が東アジアに作り出されているという事を少し紹介をさせていただきます。
北朝鮮は10月の9日に核実験をしました。
あの核実験の中身が、長崎に落とされた4.5トンのプルトニウム爆弾と同じものなのか?
それともミサイルの頭に搭載できる核弾頭、つまり縮小された実験なのか?
これは誰も分からないです。
しかし北朝鮮がミサイルの頭に核を搭載できるような縮小技術、あるいは起爆装置の実験、必死になってやっている事だけはこれはもう明らかです。
核実験と言うのは大体最初には起爆装置の実験をやるんです。
失敗するのが普通です。
アメリカでもかつてのソ連でも全部失敗をしてます。
実験をやって失敗をする、修正する、また実験をやる。
いう事を繰り返して実は核弾頭が出来ていく。
核爆弾が出来ていく。
これが核開発の歴史です。
で、北朝鮮がもし核弾頭の実験であったとすればどういう事が起きてくるのか?いう事です。
ご案内のように北朝鮮は射程1300キロ。
日本の領土で北朝鮮の弾道ミサイルの射程圏内に入らないところは、知床半島の鼻先と台湾に近い沖縄の島々だけです。
後は全部1300キロの射程圏内に入ります。
北朝鮮はこの弾道ミサイルをどれくらい持っているか?と言うと、最小限180基持っています。
200基と言う説もあります。
このノドン1号と言う弾道ミサイルは、一旦大気圏外に出るんです。
大気圏外に出て突っ込んでくる。
北朝鮮のセイシウ(?)から、この埼玉までどれくらい時間がかかるか?と言うと、7分30秒です。
このミサイルを撃ち落す軍事技術はこの地球上に存在していないんです。
米軍も持っておりません。
自衛隊も持っておりません。
だから北朝鮮の持っている、あの180基の弾道ミサイルと言うのは、今この地球上に防御する軍事的技術は存在していないんです。
なぜ皆それをはっきり、テレビなんかに出ている軍事評論家なんかがはっきり言わないのか?
それを撃ち落すミサイル、ミサイルディフェンスの開発をアメリカと自衛隊、米軍と日本の自衛隊が一緒になって必死になってやっています。
どんなに早くてもそれが配備されるのは3年後です。
で、配備されて北から飛んでくる弾道ミサイルを撃ち落す確立は50%です。
1万トンの巡洋艦、あれの防衛指揮圏と言うのは500キロなんです。
その防衛指揮圏にミサイルが入ってきた場合は補足できる。
撃ち落す確立50%。
日本は北海道から沖縄まで巡洋艦を3ないしは4隻、配備しないと飛んで来るミサイルを完璧に捕らえる事は出来ないんです。
しかも確立は50です。
北朝鮮の核実験の日本に与える脅威というのは防御の方法が無い。
北がもし後2回くらい核実験を成功させて弾道ミサイルに搭載する事ができるとすれば、軍事的に日本は防御の方法が無いから、「何月何日まで日本は戦前の償いをしろ、金額はいくらだ、もしこれを払わなければ弾道ミサイルを撃ち込むぞ」と言われたときに、我が国は防御の方法が無いんです。
これはもう、どなたに聞いていただいても結構です。
お調べになってください。
防御の方法は無いんです。
と言うのが今我が国が置かれている現状です。
これに対して我が国をどうやって防衛していくのか?護っていくのか?ということです。
北が核実験をした。
そしたらアメリカのライス国務長官が、東京に来てソウルに来て北京に飛んだ。
一方中国の唐家セン国務委員は、北京からワシントンに飛んでモスクワに飛んで北京に帰った。
北京に帰って二人の外務省次官を引き連れて平壌に入っていった。
平壌に入って日帰りをして、ライス国務長官と北京で会談を致しております。
慌しい動きが起きて来たのは、実は今私が申し上げたように、北が核ミサイルを持ったら韓国も日本も台湾も防御の方法は無いんです。
何がそこで起きてくるか?
当然のこととして防御の方法がないという事になったら、相互抑止しかないんでは無いか?
という思いを込めて発言されたのが10月15日、サンデープロジェクトにおける自民党・中川昭一政調会長の「核議論くらいはしなきゃ駄目なんじゃないか?」という、あの発言です。
あの発言が実はワシントンと北京を震え上がらせたと、いう事です。
まず、ワシントンの側の反応を申し上げます。
ライスが日本に来て、「同盟国の安全、約束はしっかり護ります。核の傘で日本を護ります」
アメリカの高官が日本に訪ねてきて「アメリカの核で日本を護る」、言ったのは後にも先にもあのライスさんが一人です。
さらにソウルに行って同じ事を言った。
それから、なぜそんな事を言うのか?
日米安保条約があるわけですから核の傘で護るなんて事は当たり前のことです。
ですけどライス国務長官がああいう言葉を言わざるを得なかったのは、実は民主党のクリントン政権時代の8年。
共和党の今のブッシュ政権で6年。
14年間のアメリカの対北朝鮮政策と言うのは、民主党は北朝鮮に物を与えて金正日の考え方を変える。
これは軟着陸政策と言う言い方です。
ブッシュさんは物はやらない。
しかし6者協議で北に核廃棄を約束させた後、経済援助を致しますよと、こういう政策をとって来た結果、北は核実験が出来るような実力を持ったんです。
・・・その2へ続く・・・
第4回埼玉県民の集い(6)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2006年12月 8日(金)18時19分48秒
返信・引用
第4回 拉致問題を考える埼玉県民の集い
06.11.19 埼玉会館小ホールにて
『田島敏包(としかね) 埼玉県議会議長の挨拶』
皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声)
今日は「拉致問題を考える埼玉県民の集い」にご参集いただきましてありがとうございます。
私自身埼玉県議会議長と言う立場でご紹介頂き、今振り返ること平成15年10月8日埼玉県の県議会の中に、今90余の定数ですけれど72名の県議会を持って拉致議連を設立させていただき、その時の幹事長が私です。
平成14年小泉総理が北朝鮮に行き、その中で私自身、地方議会は何が出来るのかな?
そんなクレスチョンを持たされました。
埼玉に特定失踪者は果たして何人いるのか?
外れました。
かなりの人数17名、当時いました。
我々はじゃあ県議会議員として、その人たちに何が出来うるのか?
今何もしていないのが現実じゃないのか?
その中で何とか議連を作り、埼玉の県議会として意思を全国に発信したい。
そんな思いで設立をさせていただきました。
いろいろ勉強もさせていただきました。
それから今年の平成18年4月18日には全国の県議会議員・地方議会議員の全国組織を立ち上げ、現在その会長が埼玉県議会議員であります、深井明会長。
幹事長に先の議長をやりました蓮見昭一県議会議員が幹事長という事で、今全国の47都道府県あります中で、立ち上げたときは15だったんですけど、1年経たないうちに今25に増えました。
全国組織も今埼玉から主導しながら国を動かす力となるべく頑張っております。
先ほど武正・山根両議院から国の政策についてありました。
私どもは地方議会でございますから、日本人が分からないうちに異国に連れて行かれ、異国の一つの政策の中で使われる。
非常に悲しいことです。
日本に生まれて日本で死ぬまでは、日本国が生きるという保障をするのが国である。
その途中から分からないところへ連れ去られる。
こんな悲しい事はございません。
日本民族がこの拉致と言う言葉を国際語にしないように、早い時期全員帰国させるよう、一人ひとりの心の声、これを契機に叫ぼうではありませんか。(拍手)
私も県議会議員といたしまして、これからも皆さんと共に署名運動もやりましょう!
団体行動もやりましょう!
心からその事をお誓い申し上げ、私の言葉に代えさせていただきました。
本日は皆さんご苦労様です。
ありがとうございます。(拍手)
第4回埼玉県民の集い(5)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2006年12月 8日(金)18時17分45秒
返信・引用
編集済
第4回 拉致問題を考える埼玉県民の集い
06.11.19 埼玉会館小ホールにて
『山根隆治 民主党参議院議員の挨拶』
ご紹介いただきました、参議院議員の地元選出の山根隆治でございます。
ご記憶にある方いらっしゃるかと思いますが、小泉内閣のときにテレビ中継があります予算委員会のときに、私こういう質問をさせていただきました。
「北朝鮮との交渉の場で具体的な個人名を上げて救出、現状どうなっているのか?救出に向けて交渉をして来たその方々の国内での扱いが拉致の認定が行われていない。これはどういう事なのか?」
こういう事をお尋ねした事があります。
ほとんど答えらしい答えにならず、曖昧模糊としたものに終りました。
しかしその後数ヶ月経って一人、そして今回松本京子さん一人、ということで認定を政府としてもして参りました。
私依然、少なくとも公の場であの北朝鮮と拉致交渉をして、具体的な名前を言っている方々は一刻も早く拉致認定を即刻すべきでは無いか?いう思いで一杯でございました。
しかし、一人でも二人でも少しずつでも公表に踏み切った・認定を出来たという事は、少なくとも安倍内閣になってからのことで今回ございますし、その事は率直に評価したいと思いますけども、もっと徹底すべきではないか?と言う思いがあるという事をここでお伝えさせていただきたいと思います。
今朝の新聞を見ますと、日米首脳会談が初めてベトナムのハノイで行なわれた。
そしてその後だと思いますが、盧武鉉大統領との会談の中でブッシュ大統領はこう言ったという報道を今日目に致しました。
それは核の問題についての言及でありました。
核兵器を廃棄するという事が明らかになれば、経済の支援という事についても考えていきたいんだと、北朝鮮に対して。
という事を盧武鉉大統領に語ったという事であります。
私は、これから日本政府の責任においてなされる事でありますけども、外交の技術の問題・外交の能力が問われていると思います。
小泉前内閣から引き継いだ現在の安倍政権でも、引き続き日米関係というのはしっかりしたものであるだろうと思っております。
その日米関係と言うものが、これほど強固になっている日米関係と言うものを使わない手は無い。
ブッシュ大統領にこう言うべきではないでしょうか?
核の廃棄・廃絶と言うものを言明させる。
それが一つの条件です。
そしてもうひとつは拉致の問題、これを全面解決する。
この二つが満たされれば経済支援再開と言うものを考えても、と、こういう事をブッシュ大統領に言わせる必要がある。
私はそれを日米の交渉の中で言ったという事を、必ずしもすべて明らかになっていない情報があるかもしれません。
しかし日本政府としては私はそういう事を強くアメリカに今求めていくべきだろうと思っています。
日本と言うのは、例えば今日の新聞でもありますように、安倍総理は非常にラッキーだ。
つまりブレア首相も来年退陣する、というような状況。
そして韓国との関係もおかしくなっている。
つまりブッシュ大統領は非常に国際的に孤立して孤立感を深めている。
中間選挙でも負けた。
何かそういう時に出て来たので非常にラッキーだというふうな報道の仕方が実はありました。
これはマスコミ自身は気がついていませんけども、アメリカに従っていればいいという発想がある。
日本はアメリカに従わざるを得ない、やむを得ざる事がたくさんあります。
軍事の問題からいろいろトータルで気遣いしなければいけない、仕方ない面がある。
しかし私たちの日本の外交と言うのは日本の国益をしっかり持っていて、今はこのことでアメリカに従っているけれども、あるいは煮え湯を飲んでいるけれども、本当は自分たちはこう考えているんだというものを、しっかりしたものが腹に中にないと、本当の外交なんか出来ない。
つまりアメリカを上回る、強かなというと語弊があるかもしれませんけども、そうした外交があって然るべきだ。
それが厳しい国際関係の中でも外交の有り様だろうと言うふうに思っています。
先日も核兵器の問題で今いろいろな議論が国内で起きて来つつありますし、議論することさえいけないんだ・いいんだという事があります。
先日お手洗いで麻生外務大臣とトイレ会談といいましょうか、数分間したことがありましたけど、もしもう一度麻生外務大臣にトイレで会うことがあったら、こういった事もしっかりと伝えていきたいと思っております。
いずれに致しましても私も拉致議連の一人としまして、しっかり働く事をお誓いしてご挨拶に代えさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。(拍手)
第4回埼玉県民の集い(5)
投稿者:
ぴろん
投稿日:2006年12月 8日(金)18時16分21秒
返信・引用
第4回 拉致問題を考える埼玉県民の集い
06.11.19 埼玉会館小ホールにて
『武正公一 民主党衆議院議員の挨拶』
皆様こんにちは。(「こんにちは」の声)
今日は「拉致問題を考える埼玉県民の集い」ご開催、心からお祝いを申し上げたいと思います。
私も拉致議連の一人として常日頃、県内でのこうした会合に出来る限り出させて頂いています。
先ほど来皆さんからもお話のありました。
この拉致問題の解決にとって大変大事な時期を迎えている。
それは今日お見えの皆様のご尽力による賜物と、心から敬意を表する次第でございます。
お手元にも特定失踪者の皆様の会の「しおかぜ」のパンフレットも出ております。
今週は新たな拉致被害者の認定も警察庁から行なわれました。
県内にも特定失踪者の方がたくさんおいででございます。
一日も早いそうした拉致被害者の認定、ならびに「しおかぜ」への支援。
これは先月の予算委員会で、私は民主党ですが中川正春議員の質問に対して、総理あるいは総務大臣からの答弁があったところでありますが、そうした北朝鮮を取り巻く包囲網というお話がございました。
それに向けて国会では党を超えて全力を挙げて取り組んでいること。
この事をお約束を申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。
共に頑張りましょう。(拍手)
以上は、新着順181番目から200番目までの記事です。
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